FROM ZERO

2017年12月 1日

♯78 スケートボード 瀬尻稜
はじまりは...「日本になかった世界の景色」

11月、神戸。
日本で25年ぶりにスケートボード
世界大会が行われた。

fromzero1201-1.png

実はこの世界大会をプロデュースしたのは...
瀬尻稜、20歳。
これまでスケートボード界の歴史を次々と
塗り替えてきた現役のプロスケーターだ。

fromzero1201-2.png

5歳からスケートボードを始めると、
最年少11歳にして日本の
年間チャンピオンの座に。
次はいよいよ世界の舞台へ。
しかし...

「日本に世界大会は全くなかった」
「世界大会なら海外に行くという選択肢しかなかった」

fromzero1201-3.png

回りのサポートを受け、世界に渡った瀬尻。
日本人初のW杯優勝、日本人初の
世界最高峰リーグ出場。快進撃は続いた。

そんな世界での戦いの中で感じたのは、
会場の盛り上がり・海外選手たちと
切磋琢磨できる環境、日本とはひと味違う
"大会の面白さ"だった。
それは「日本になかった世界の景色」
次は日本でも開催したいと
大会プロデュースに乗り出した。

fromzero1201-4.png

瀬尻の仕事は、大会を資金面でサポート
してくれるスポンサーへの挨拶回り
選手集め、ルール作り、大会演出など
多岐にわたる。

中でもこだわったのは、パークと呼ばれる
選手達が滑るコースの設計だった。

「パークのコンセプトは"回れるパーク"
選手達がずっと流せるようなパークが作りたい」

大会開催まであと4か月、新潟。
ここにある組み立て式の移動可能な
スケートパークに訪れ
大会で使用できないか検討することに。

すると瀬尻はスケートボードを取り出し、
選手目線として改善点がないか探り始めた。

2つの点を改善することに。
1、レールの長さ
2、バンクの角度

fromzero1201-5.png

大会開催まであと3か月、都内。
自らデザインしたパークの構想を具体化していく。
徐々に準備も熱を帯びる。

fromzero1201-6.png

大会開催まであと2か月、神戸。
資金面でサポートしてくれる
スポンサーへの挨拶。
大会への熱い思いをまっすぐに伝える。

fromzero1201-7.png

"プロデューサー" "選手"
まさに二足のわらじ。
多忙な中、大会成功のため、
ひたむきに取り組んだ瀬尻。

そして迎えた11月上旬。
特設としては日本最大級の舞台に、
ブラジル、カナダ、ロシア、スペイン、
世界中のトップライダーが集結。
さらに日本からも28人の選手達が
華麗な技を見せた。

fromzero1201-8.png

まさに大会は大成功。
日本にはなかった
"あの世界の景色"が
そこには広がっていた。

2020年の東京五輪、
その前にスケートボード界に
新たな歴史が作られた。

2017年11月24日

♯77 KAT-TUN 亀梨和也
はじまりは...「果たせていない思い」

KAT-TUN 亀梨和也さん31歳。
誰もが認める"人気アイドル"
しかしこんな発言を...

「デビューしてから今年まで
本当に色々なことがあって、
『どうしてこうなっちゃうんだろう。
思い通りに行かないんだろう。』って
悔しい思いが自分の中であった。」

一体なぜなのか?
ZEROは9か月間、
亀梨さんを密着取材した。

デビュー10周年を迎えた去年、
東京ドームでライブが開催された。
直前にメンバーが1人脱退した
KAT-TUNはこの日を最後に
グループとしての活動を休止。
メンバーは再始動に向けてそれぞれ
ソロで活動を行うことが決まっていた。

ライブ終了後、亀梨さんは
自分に言い聞かせるように語った。
「時に弱っていくKAT-TUNって
いうのも感じたこともあるし、
(充電は)もっともっと強く
大きくなるための決断なので...」

模索しながら個人での活動が
スタートした。

今年2月、31歳の誕生日を迎えた
亀梨さんが口にしたのは
意外な言葉だった。

「自分のジャニーズ史上一番
濃い年にしたい。」

その言葉通り、今年に入って
出演した映画が続けて2本公開。
4月から放送された連続ドラマでは
主演をつとめた。そして同時期に、
全国19か所・43公演行われる
自身初のソロコンサート開催が発表された。

5月、亀梨さんは会議室でソロライブの
ミーティングを行っていた。
自分が考えるイメージを、身振り手振りを
交えてスタッフと共有していく。
時には厳しい言葉も...

「ちょっと芸なさすぎる。
これだけで飛ぶんだったら
ちょっとうーんって感じがする。」
この日、深夜0時を過ぎても
会議は続けられた。

今回のライブではリボンを使った
アクロバティックな技など
数種類に及ぶフライング、殺陣、
ダンス、バンドを従えての歌唱など
亀梨さんがこれまでに培った
エンターテインメント全てが
盛り込まれる構成に。

時間が全くたりない。
しかし、ステージ演出について細かい指示が
「もうちょっと布を広げる手の位置
とか合わせて。もう0.5寄ってみて。」
自分が納得するまで妥協は一切しない。

そして迎えたライブ前日。
実はこの日まで、全てを通しての
ライブリハーサルができていない。
しかし、フライングで使うリボンの
調整がうまくいかず、安全を考え、
この日はリボンを使用せずに
最終リハーサルを行うことに。

リハーサルが始まりフライングの
パートにさしかかると、
急に腕立て伏せを始めた亀梨さん。
さらに、反復横跳びまで。
実は、これ、自分の限界を知るため
本来ならアクロバティックな
フライングで体力が消耗するはず。
そこで本番を想定し、あえて激しい
運動を行ったのだという。

一体なぜ、ここまで自分を追い込むのか?

「グループを結成してデビューさせて
もらって、『どういうチームになりたいんだ』
って思っていたあの頃の自分の思いって
いうものを、まだ全然果たせてないので。
そこは、諦めたくない。」

亀梨さんには"KAT-TUN"として
果たしたい思いがあった。
だからこそひたむきになれる。

しかしそんな思いとは裏腹に、
相次ぐ脱退により、結成当時は6人で
活動していたメンバーが現在は3人に。

亀梨さんにとってKAT-TUNは
どんな存在なのか?
「一生続けていたい甲子園メンバー
みたいなもの。高校3年生は、甲子園に
負けたらもう終わりじゃないですか。
でも、戦うチームとして、いかに
どれだけ長く続けていけるかだから
より大切にしなければならない。」

亀梨さんが今回のソロライブで
本編最後の曲に選んだのが、
自身か作詞した曲「♪絆」だった

♪ボロボロになるまで 引きさかれていても
あの時のあの場所 消えないこの絆

個人での活動を1年半終えた今
"再始動"への思いは...

「すごくうずうずしてる所なので...。
踏み出す作業には入ってきているのかな
って感じてますね。」

2017年9月22日

♯76 アーティスト 清川あさみ
はじまりは...「黄色いリュックサック」

Fzero100401.jpg

写真にビーズや糸で刺繍を施す
独特の手法で注目されるアーティスト・清川あさみさん。

2012年には、最も輝いた女性たちに贈られるウーマンオブザイヤーを受賞。
去年は朝の連続ドラマ「べっぴんさん」のタイトルを手がけ話題に。
さらに、今年25周年を迎えた東京ガールズコレクションの
キービジュアルを担当するなど多彩なジャンルで活躍している。


現在、どんな作品に取り組んでいるのか?
アトリエを訪れると・・・
Fzero100402.jpg

Fzero100403.jpg

この日、制作していたのは詩人・高村光太郎の著書「智恵子抄」に刺繍をするというもの。

「ドローイング(刺繍)するごとにもう一つお話が生まれている気がすると思っていて」

11月まで、福島県で開催中の芸術祭では...
Fzero100404.jpg

写真紙を編んでつくる新作を展示している

「これは縦糸と横糸で写真を編んでいる作品なんですけど、こういう面白い手法もどんどん発表しています」

清川作品の特徴の一つは、自由な発想による "はみだすアート"。

やりたいことが次々とあふれだし常に新しい表現を模索している。
しかし、かつての自分についてたずねると、意外な言葉を口にした。

「自分のオリジナリティーが分からない。それがコンプレックスでした」

兵庫県の淡路島で生まれ育った清川さん。
学生時代の自分について

「とにかくおとなしくて、引きこもりがちな子どもだったんです」

自分は"何が好きなのか?"も分からず、人に意見を言うことが出来なかったという。

しかし、高校入学をきっかけに勇気を出して行った"ある行動"が人生を一変させた。
それは・・・

「本当に小さなことなんですけど、今まで暗い色しか持ってなかった小物とかを、ものすごく明るい色にしてみた」

それが、この黄色いリュックサック
Fzero100405.jpg

「真っ黄色だったんですけど。もうそれまでの自分では考えられない色だったんですね。それをきっかけに、色々な人に『これはどこのものなの?』とか『面白いもの持っているね』
 とかって声をかけられ、人とのコミュニケーションがたくさん生まれるようになった瞬間だったんです」

ファッションで『自分を表現する』方法をみつけた。

そしてこの夏。清川さんは、新たな挑戦をした。
それは、子供たちの"創造性"を養うことを目的としたワークショップの開催。

去年、第1子を出産し子供たちの豊かな心を育てたいという思いが強くなったという。
Fzero100406.png

ワークショップでこだわったのは"はみ出す勇気"。

お題は清川さんが書いた絵本の1ページを塗り絵にしたもの。
あえて線のみのシンプルなものにした。

「今日は、皆さんにアーティストになってもらおうと思っています」

清川さんは子供たちに、
あえて、具体的なアドバイスをせずに子供たちの制作を見守った。
Fzero100407.png

「なるべくアウトラインというか答えは言わずにみんなに自由に発想してもらって、自分の力で考えてイメージするっていうことができたらいいなと思っていたので成功しました」

作品を通して子供たちに、はみ出す勇気を伝えた清川さんにこんな質問をしてみた。

"悩んでいる少女時代の清川さんに声をかけるとしたら..."

「やっぱり自分を信じることというのを貫いて欲しいなと思っていて、本当に人生いろんなことがあると思うんですけど、自分を信じる力が一番その人にとったらコンプレックスを克服出来る何かになるんじゃないかなと思っています」
Fzero100408.jpg

2017年8月18日

♯75 プロ野球 斎藤佑樹
はじまりは...「はじめて中心にいなかった胴上げ」

高校球児が最も輝く夏の甲子園が幕を開けた日...

二軍の球場で汗を流す一人のプロ野球選手が...

 

170818_yuu01.png

 

11年前の甲子園の主役、斎藤佑樹だ。

 

「ハンカチ王子」と日本中から呼ばれ、甲子園で全国制覇。

彼には輝かしい野球人生が待っているように思えた。

しかし今、プロ7年目の29歳。思っていたような成績は残せていない。

 

斎藤の一日は早朝から始まる。

 

170818_yuu02.png

 

球場に向かう前に都内のジムでトレーニング。

「うしっうしっ」と声が響く。

 

今シーズンから始めた、試合前の新たなルーティーンだ。

プロ7 年目。新しいことをなりふり構わず受け入れ、貪欲に自分と向き合っている。

 

実は去年の日本シリーズ...

10 年ぶりの日本一に輝いたチームにおいて、歓喜の輪の中心にいられなかった斎藤。

「自分がアマチュアの時に日本一の輪の中心にいて、プロになって初めて日本一になった時には中心にいれない自分。改めて悔しい」

 

その悔しさが、斎藤を突き動かした。

年末の優勝旅行を自ら辞退し、年明けからは初めてグアムに渡った。

 

170818_yuu03.png

 

キャンプインを前に、異例の投げ込み。

今年にかける思いは人一倍強かった。

 

2017年6月。斎藤は29 歳になった。

29 歳はプロ野球選手にとって大きな節目。平均引退年齢だ。

 

Q「プロ野球選手の平均引退年齢が29 歳。ちょうど今その歳に差し掛かって、斎藤投手はどんな気持ちで野球をやっています?」

 

170818_yuu04.png

 

「引退とかクビとかというのはもちろん...感じているというか、頭の中にある。でもそれは自分がやった後についてくるというか、出てくる話。まだ勝負できるうちにそんなことを考える必要はない」

「ダメでもそれに向かっていくというか、挑戦し続ける。僕らはダメだったらクビを切られるだけなので、そこまで勝負をし続けるというか、うん...だから、あきらめたらダメですよね」

 

自分がもう、スーパースターじゃないことは自覚している。

だから、子供たちに夢を与えようなんて思ってない。

自分と同じ世代の人に、少しでも勇気を与えられればそれでいい。

 

170818_yuu05.png

2017年8月 4日

#74 声優・歌手 水樹奈々
はじまりは...「殻を破った自分」

声優・歌手の水樹奈々さん 37歳。

声優ながら初めて、
東京ドームでワンマンライブを行うなど
"声優アーティスト"として活躍している。

声優・歌手の水樹奈々

その水樹さんが初めてミュージカルに出演。
声だけではなく体を使った演技に挑んだ。

「危機感が常にあって。
もっと出来るでしょ? 何か新しい可能性あるでしょ?って
止まったら終わるって思うから」

口にしたのは"危機感"...
その理由は生い立ちにあった。

実は子どもの頃の夢は「演歌歌手」。
のど自慢大会にも数多く出場し
"大会荒らし"の異名で、全国大会でも優勝した。

デビューは17歳の時。
演歌歌手の夢を追いながら、
もう一つ興味のあった
声優オーディションを受けて合格。


その時、気づいた事が...

mizuki1708_02.jpg

「何で私"演歌"だけって
こだわっていたんだろうって。
自分の作った枠の中に入っていた
ということに気づいたときに
『パン』ってひとつ殻がやぶれて。
チャレンジしてみないと
 分からないことがあるんじゃなかって思ったんですよね」

"やりたいこと"に一歩踏み出したことが
見る世界を大きく広げていた。


今年はデビュー20周年。
再び"殻を破る"ため挑むのが..."ミュージカル"。
初出演で主演という大役に挑戦する。

mizuki1708_03.jpg


これまでやってきたのは"声だけ"を使った演技。
しかし、ミュージカルは
体全体で演じなければならない。

稽古中、演出家から細かいダメ出しが入る

しかし水樹さんは...

mizuki1708_04.jpg

どんな時も
常に"笑顔"を絶やさず受け入れていた。

 

声優や歌手では踏み込めなかった新たな世界。

でも、自分の力でその殻を破っていける。
             それが嬉しい。

mizuki1708_05.jpg

 

迎えた公演初日。
満員の観客からはスタンディングオベーションが...

mizuki1708_06.jpg

水樹さんは
また新たな世界へ一歩踏み出した。

「まだ自分のなかでは
わからないことがいっぱいですけど
確実にこの舞台で得られたものが
今後の声優としての演技
歌手としての歌唱にも、影響が
あるのは間違いないと思っています」

ページの先頭へ ▲