2012年06月14日
日本を旅し続ける中田が訪れたのは、東京都の小笠原村。
2011年に世界自然遺産に登録された島々だ。

小笠原諸島の玄関口、父島。
人口およそ2000人、小笠原諸島最大の島だ。

中田「ここって小笠原ってFM入るのかな?…まったく入らない」
島の至るところに豊かな自然が広がる。

陸だけでなく、周辺の海も含めて、諸島全体が世界自然遺産だ。
海にはクジラやイルカの仲間が多数生息、小笠原で独自の進化を遂げた貴重な生き物も多い。

森林を保護する地域に入るには、外来植物のタネなどを持ち込まないよう、
服や靴を丁寧に洗浄・消毒するのがルール。

突然の大雨。
中田「何かトトロを待っているような画じゃない」

亜熱帯の島では、珍しいことではない。
夜の森には、意外な生き物が。

自然ガイド
「夜光っているキノコです。名前を島のあだ名でグリーンペペと言います」
父島の自然を満喫した翌日、小笠原諸島で人が暮らすもう1つの島、母島へ。

父島からは、さらに船で二時間。
母島の人口は、現在、およそ480 人。
中田が興味を持ったのは、この絶海の孤島で人々がどうやって暮らしているのか。

中田「でも450人くらいだと皆、親戚みたいなもんですね」
住民「おっしゃる通り、何も悪いことは出来ない」
中田「逆に恋愛も大変ですね」
住民「二時間でみんな知ってますよ」
島での生活には、どんな工夫があるのか?
島にある唯一の学校を訪ねた。
一年を通じて、気温・湿度が高い小笠原では、エアコンなどの電化製品が欠かせない。
この学校では7年前から、屋根に設置したソーラーパネルで太陽光発電を行っている。

島の限られた電力を、少しでも自分たちで賄おうという試みだ。
島の主要産業のひとつ農業。
主力となっているにはミニトマトとパッションフルーツだ。

農家
「この土地に合うものと、輸送性のあるものを皆で探っていこうと。
中田
「やっぱりそこの輸送性というのは、1つ大事な」
六日に1便、一往復しかないためそれに耐えられる商品でなければならない。
島には、医者も一人だけ。
それゆえの、住民の工夫もある。

医師
「母島の患者さんには、一人体制だという事をよく分かって頂いていて。
母島の場合、本当に急患じゃなければ休日とか呼ばれないように配慮してくれている」
住民たちの気遣いで、島の医療が成り立っているのだ。
小笠原に住む人々に触れ、中田が感じたこと。

中田
「やっぱり世界遺産に登録されたからというわけでもなく
もともと自然っていうものと一緒に生きていく……
そこには不便さもあるけど、それが普通でしょ、と受け入れている。
その部分には非常に感銘を受けたし、
ある意味で目指すべきひとつの部分なんじゃないかなと。
都会に住む僕たちとかが。
例えば環境を守っていこうと言った時に、
どっかの木を切らないようにしようとか、
すぐそっちに頭が行きがちだけど、自分の住んでいる環境、
住む地域社会、それは自然も人間も施設も入るだろうし、
そこをより良くしていこうっていうのが、一番大事なんじゃないかなと」
自然と共に生き、人と人とが繋がる島。
中田英寿の旅は、まだ続く。

2010年04月08日
「中田、日本を旅する。」~四国編~
中田英寿は雪の降りしきる、高知県にいた。

“最後の清流”と呼ばれる美しい四万十川が流れ、県の84%を森林に囲まれる高知県。
しかし、この豊かな自然環境にも変化が起きているという。
漁師「海苔だけじゃなくて、鮎もうなぎも…」
不漁が続く四万十川…。
その原因は、どこにあるのか?
中田は、自然環境を専門に学ぶ高校があると聞き、向かった。
県立四万十高校。

この高校には日本でも珍しい「自然環境コース」が設けられている。
校長「ここの立地だと思いますね。川があって森があって。
四万十川という川が流れていて。その下流に海があって。
森と川と海と三つ繋がってますから、その三つについて学習させようと」
中田「どういう勉強をしているのかなぁっていうのが、
すごい興味があって」
中田は彼らの授業に同行させてもらう事にした。
この日は、珍しい大雪の中、校舎のすぐ横を流れる四万十川で
水の透明度や、生息する水生生物の調査が行われていた。

先生「今、川の透明度を計っていますが良かったら入って行かれても」
中田「気温は氷点下ですか…」
先生「気温は。はい」
中田、川へ。

生徒「あっ、おったおった。」
中田「珍しいの(生物が)見つかったんですか?」
生徒「はい。虫たちに得点をつけていて、それでいうと9点!」

生徒「かなりの高得点」

中田「ダンゴムシみたい」
生徒たちはこうした調査を続けることで、
四万十川の水の状態を記録してきた。
最後の清流と呼ばれる四万十川にも、水質の変化があるという。

それが影響しているのだろうか、川では不漁が続いている。
四万十川の鮎やアオノリの収穫量は、
20年前に比べ4分の1に減った。

漁師の小野隆利さん「このままいけばたぶん、何もいない川になってくるかもしれんね」
魚が穫れなくなった原因、その一つに「山」が関係しているのではないか…。
中田の訪ねた四万十高校では、山の調査も行っている。

生徒「この木が何か分かりますか?
中田「杉の木!」
生徒「そうです、杉です。
ここは間伐をしていて、すごい手入れされている場所です」
かつて林業が盛んだった高知県。人工林は森全体の65%にのぼる。
人工林の中から太くて良い木を残していくため
余分な木を切って間引く、「間伐」という作業を行う。
しかし、林業が衰退して「間伐」が行われなくなると、木が密集したままとなる。
すると、地面に日が差さなくなり、下草が育たなくなる。

地面はむき出しになり、雨が降ると、雨水が土砂とともに一気に川まで流れ出てしまうのだ。
生徒「(土が)いい状態のときはフワフワしていて
踏んでみると柔らかいことが大きな特徴です」
この状態の土は 雨が降ったときに水がしみこみやすくて
保水力がいいと言えます。
保水力が良ければどうなると思いますか?」

生徒「そう。雨がすごく染み込みやすくて水をきれいにしてくれます。
その水がそのまま四万十川まで流れていきます」
高知県の人工林のうち、75%が「間伐」を必要としている。
だが、林業の衰退もあり、あまり進んでいないのが現状だ。
四万十高校の生徒たちは、筑波大学と共同で研究を行ってる。
調査を統括する恩田教授は、
「山から流れ出た水と土砂が、川の生物にも影響を及ぼす原因のひとつ」と考えている。
「間伐」という一般には聞き慣れない言葉。
中田はその現場を見てみようと足を運んだ。

森林再生を進める水谷伸吉さんに聞いた。
中田「一つの現場でも、また間伐をやらないと
どんどん生えてきてしまうという事ですか?」
水谷さん「そうです。一回やった場所は大体10年後とか、
定期的に循環していかなくちゃいけないので。
意外とその日本の国土の7割近くが森に覆われていて
そのうちの半分近くは人工林だということは良く知られていません」

四万十高校の生徒たちにとっては、森も川も身近なテーマ。
教室では、3年生が卒業研究の発表をしていた。

竹内貴大君は、四万十川の幸、テナガエビの数が年々減ってきている、
その理由を研究してきた。
竹内君「やっぱり山からの(水の)供給が少なくなったことで、
海水が上にのぼりやすくなってきたという原因が
考えられます」

中田は、地元の自然環境と真剣に向き合う生徒達の姿を知った。
授業の終わり、飛び入りゲストの中田に、生徒の前で話す機会が設けられた。

中田は、旅を続ける理由を生徒たちに語った。
中田「やっぱり自分の何かを決めるときとか、判断する材料っていうのは
自分の経験でしかないわけであって、
一つの問題に対して答えは一つじゃないですし、
まあそれが、いろんな角度で見られるっていうのは自分の中で
いろいろやっていく中では非常に大きいものなので。
だからずーっと旅をしているんですけど。
この先も続くと思いますし」
経験を増やしていくことで、物事を様々な角度から見られるようにしていきたい。
それが、中田が旅を続ける理由。
生徒「この木は何の種類か分かりますか?」
中田「杉!…いやヒノキ!」

人との出会いを重ね、中田の旅は、続く。

2009年11月25日
「中田、日本を旅する。」~九州編~
ニッポンの旅。中田の関心は農業に向いていた。
引退以来、世界の旅は3年にわたった。
その中で中田は世界各地で日本食が愛されていることに驚いた。

しかし、自分は日本の食というものをよく知らない。
それが日本の農業に関心を持つきっかけだった。
ことし日本を旅し始めた中田は、農家を積極的におとずれている。

「かぼちゃ、あげる」
その中で熱心に有機農業に取り組む多くの人々と出会った。
有機農業は、化学肥料や農薬を使用しないことを基本とする。

中田は、こう感じていた。

農薬を使わなければ、雑草や害虫との闘いになる。
その手間をかけただけの意味があるのか?

中田は宮崎県・綾町をたずねることにした。
ここは、町を挙げて有機農業に取り組んでいる全国でも珍しい自治体だ。
中田は農家を訪ね、実際の作業の手間について
聞いてみることにした。

3日に一度、水でアブラムシを洗い流すという。
堀さん夫婦は10年前、サラリーマンを辞め、綾町に戻って有機農業をはじめた。
堀さん「今はやっと、食べられるようになったところです」
10年かかって、やっと農業収入で生活できるようになってきたという。
同じく有機農業をはじめて10年の油田さん。

油田さん「正しいことをやっているっていう誇りがあるので、いい仕事ですね。」
しかし、10年たった今でも、なかなか収入が安定しないと言う。
そのため夜に塾講師などのアルバイトをして生計の足しにしてきた。
油田さん「単価が今の1.5倍くらいになれば農業だけでなんとか生活できるんですけど」

有機農業は、手間がかかる上に、安定して多くの収穫を得ることも難しい。
そこで中田は、有機農業を軌道に乗せることができた、という人を訪れた。

松井さん「ここにきてやっとですけど。
ただ、食べてもらえば味で勝てるけど、実際は最初は見た目で判断されてしまいます」
レストランなどに直接販売すれば、形ではなく味で勝負できる。
販売ルートを持つことが、重要だと松井さんは話した。
農業に関心を持つ中田に、町長からこんな質問が。


中田「日本の食っていうのはやはりおいしいですよね」
「自分に何ができるとかではないけど、ちょっと勉強してみようかなと」

町をあげて有機農業に取り組む綾町。
町独自の認定制度までつくって、
「綾町ブランド」の確立を目指しているのだ。
しかし、農家の人々にとって悩みは少なくない。
本当は一般の農作物より高く売らなくては採算がとれないのだが
実際には、それではなかなか売れないというのだ。

農家の人々が懸命に努力している姿を見た中田は、
この価格の問題について、率直に切り出した。

高く売るのは難しいという町長。
中田「そこまで努力しているのに伝わらないのはもったいないなぁと・・・」
綾町の人々は「美味しくて安全」な農作物のため、
誇りを持って有機農業に取り組んでいた。

どうしたら、価値に見合った価格で売ることができるのか。
旅の中で、その答えを見つけていきたいと中田も感じ始めていた。
松井さんの畑には、後継者である息子、晃一さんの姿があった。

しかし、やりがいを感じている。
晃一さん「笑顔でおいしいねっていう言葉をもらうといいなぁって」
ニッポンの農業に関心をむけた中田。
中田のニッポンの旅はつづく。

※「ナカタ、日本を旅する」のテレビ未公開動画は、
nakata.net 中田英寿オフィシャルホームページでご覧になれます。
2009年09月22日
「中田、日本を旅する。」~沖縄編~
中田さんは現役引退の後、
世界中を旅してきました。
ところが、ことし突然
「日本を旅する」と周囲に宣言しました。
世界を旅する中で、
自分が「いかに日本を知らないか」
痛感したからだと言います。
この旅で中田さんは、
農業の現場や、日本ならではの「伝統の技」を
見たいと考えています。
そこに「日本のよさ」があるのでは、
と感じているからです。
あらたな旅が始まりました。
中田さんにどんな変化があったのか。
ZEROはその旅に同行していきます。
新シリーズ・スタート、第一弾です。
まず最初に中田さんが向かったのは・・・。
2009年06月05日
「中田、地球を旅する。」~蚊帳を届ける旅~
現役引退の後、中田さんは
世界を旅しながら
「自分にできることは何か」と
考え続けてきました。
旅のあと、中田さんは
ある決心をしました。
「マラリアに苦しむアフリカに
蚊帳をおくる」。
中田さんは、
3万6千張りの蚊帳を届けるため
アフリカの中部、
コンゴ民主共和国を訪れました。
2008年06月11日
「中田、地球を旅する。」~中田発案のガラパーティー~
黒のタキシードに蝶ネクタイできめた中田。

中田「こういうエレガントなガラパーティーは
欧米ではありがちなものですけども」
中田が発案し、ルイ・ヴィトンが主催したチャリティーガラ
「LOUIS VUITTON CHARITY GALA
FOR TAKE ACTION 2008!」
が行われ、著名人やサッカー選手が招待された。

今回特別にZEROだけが
会場内の撮影を許された。
チャリティー・ガラとは、
パーティーで集めたお金を、支援金に回すというもの。
日本ではあまりなじみがないが、
欧米などでは数多く開かれている。
中田は旅で、
環境問題や貧困などを見る一方、
先進国の華やかな生活も見てきた。
マドンナのチャリティー・ガラなどに参加、
楽しみながらチャリティーをするという方法を知り、
日本でのガラ開催を発案した。

今回のメインイベントはオークション。
商品は、中田と試合をする権利や上田桃子とゴルフをする権利など。

「中田英寿フレンズチームと試合をする権利」
「500万!」
「800万!」
なんと800万円で落札。
集まったお金はおよそ3000万円。
中田は、これをあることに使いたかった。
それはアフリカ・タンザニアで見たマラリア。
毎年100万人以上が亡くなり、
その大多数が5歳以下の子どもたち。
マラリアの対策は、蚊にさされないことしかない。
最近は薬品を塗り込んだ蚊帳が開発されている。

しかし、貧困に悩む現地の人々は
その蚊帳を買えなかった。
中田は、ガラで集めたお金で
薬品つきの蚊帳を買い、
現地の人々に配ろうと考えたのだ。

中田の試みに賛同した参加者たち。
エムボマ
「中田は自らのオーラ、価値、
心を人々を助けるために
最大限に使っています。」
イルハン
「それぞれの人が
一体何が出来るかを
考えさせてくれます。」
カズ
「色んな環境の問題とか、
そういうものに取り組んで
いくっていうのは、
本当にヒデらしいし」
「ヒデのスタイルで
やるのが一番じゃないかなと」
中田にガラへの思いを聞いた。
中田
「パーティーやって
何やってんだって
思うかもしれないですけど。」
「何か施しをするとか
何か助けてあげるという
目線じゃなくて」
「楽しむっていう事が前提にあって、
その上で、
更にそれをいい事に
つなげるっていう」
「まぁ出来れば日本で続けていけたら
いいかなとは思ってます。」
2008年06月03日
「中田、地球を旅する。」~中田英寿×村尾信尚~対談
村:はじめまして、NEWS ZEROの村尾です。
中:中田です。
村:よろしくお願いします。
中:よろしくお願いします。「○子の部屋」みたいですね(笑)
突然の引退の後、中田は、地球を旅し続けている。
ZEROはこれまで、4回にわたり、
謎に包まれた旅を追ってきた。
村尾がついに中田と直接対談。旅の真相に迫る。
村:まず、サッカーの現役を退かれて、2年間、世界を見る旅に出かけられた。
村:この2年間でほぼ(世界を)見終わったという感じがしているのか、
いやいやまだまだという感じなのか、どうなんでしょうか?
中:さきほど、2年間を1区切りのような形で言われてましたけど、
僕にとってはまだ、過程、はじまりぐらいでもいいと思っているので

中田が旅で、最後に訪れたのは、アフリカ大陸。
一か月以上滞在し、水不足に悩む村など、様々な環境問題を見た。
今行われている、アフリカ開発会議でも
環境問題は大きな議題。
中田はアフリカで、何を感じたのか。
中:彼らにとってはきれいな、透明な水というのはなかなか得られないものだったりして、これが
井戸だって見せられたものが、ただの10メートルぐらい堀っただけのもので、
そこに少し水が溜まっているんですよ。まったくきれいなものではないですし、僕にとってはただ
雨が降って残った雨水か泥水かっていう。ただ彼らは実際昔は、それを使って、
もちろん飲んで、動物に与えてという生活をしてて、今そこにはきれいな井戸ができたんですけど。
それは現実の違いを見せられたというのは感じましたね
中:やはり環境問題といっても、緑という意味の環境問題だけではないと思うんですね
色んな他の問題 と密接につながっていて。勉強していたことが実際そこに行くと、
あてはまらないことが非常にあって。
もちろん便利な方がいいけども、でもじゃあすぐじゃあ彼らの生活に例えば、井戸を掘るとか、
それをやってあげたら一番喜ぶのかって、もしかしたら望むことは違うことかもしれないですし
村:そうなんですよね。今おっしゃられた、違う場所へ行って、私たちが見て、
えっこれおかしいじゃないって思うんだけど、それは僕らの価値観で見てるので、
それは実際のそこで暮らしている人たちにとっては普通のこと。
考えれば考え、経験すれば経験するほど、答えが出なくなってしまったところがあって。
環境や貧困など、いくつもの問題が複雑に絡み合う地球。
“自分が出来ることは何か?”

「ナカタマリ!」
「チャオ!ナカ~タ!」

初めて訪れた国々、しかし多くの人が中田を知っていた。
そこで中田が感じたのは、自分が今まで続けてきたサッカーの力だった。
村:サッカーは、中田さんはまず何に虜になったんですか
中:う~ん多分あの時期一番大きな影響力は「キャプテン翼」だと思いますけど(笑)

中:やっぱりあの漫画を読み始めて、これはちょっとやってみようと、遊びでやり始めて、
これはおもしろいかなって
村:サッカーをされている中田さんが、どこへ行ってもナカタ!ナカタ!って呼ばれるじゃないですか
中:そうですね(笑)なんでこんなところでも知ってるんだろうなと思うぐらい、みんなが知っていて。
僕の知名度というよりも、サッカーがそれだけグローバルに
世界中に行き渡っているんだなというのを
本当に痛切に感じましたね

中:ルワンダに行ったときに、94年に内戦があって、ツチ族とフツ族の問題があったりしたときに、
その話をそれぞれの部族の人に聞いてみようかと思って、話をしたんですけど、
やっぱり悲しそうな顔をして。あまり答えられない状況で、なんか悪いことしたなと思って。
「いいや、一緒にサッカーやろう」と言ったら、もう全然、フツ族もツチ族も関係なく、
みんな楽しく一緒にサッカーやるし。
一緒にプレーすることによって、それだけで輪が広がっていくのが、
サッカーの大きさだというのが今回、痛感したんですよね

だから一時は本当にサッカー、プロを辞めたときには、ちょっと距離を置いて、
次にどうしようかなと思ったんですけど。今回色々経験して、
やっぱりこれはもう少しやるべきだなというところに戻ってきた。
サッカーのすごいところというのは、それをやることによって人の命が救えるとかじゃなくて、
みんなが見てる。それだけ世界中の目が集まる。多くの街でも、
村でも人の目が集まるというのがサッカーだと思うので。
じゃあそれだけ目が集まるもので、何かをみんなに伝えていければおもしろいんじゃないかなと

中田は、地球をまわり、
プラスワン・フットボールマッチを開催することにした。
サッカーのスター選手を集め、試合を開き、
見に来た人に、地球の問題を考えてもらう試みだ。

村:フットボールマッチの前に書いてある、プラスワン、これがどうもキーワードだと思うんですが?
中:サッカーはもちろんおもしろい試合じゃなきゃ見ないんですよね、
みなさん。おもしろい試合をやり、みんなの注目を集めて、
楽しんでもらって、なおかつその中に少しだけ
そういう伝えたいことを入れておく

今回は、まずこういう色んな問題があって密接に関わっているから、
「これをひとつやってくれ」じゃなくて、「何でもいいですからひとつだけいいことやっていこう」と
貧困のために何か寄付しましたでも、
環境のために何かしましたでも、なんでもいいと思うんですよ。
それか隣に座っている人に対して何かひとつやって、笑顔が生まれただけでもいいと思う。
そうするとみんな何かしらいい方向に向かうと思うんですよね
村:聞いていて、中田さんらしいやり方ですよね。上から、僕もそうなんですけど、
「これやれ」って言われると反発したくなるじゃないですか。
中:なりますね(笑)
村:特に今の若い人はそうだし。そこに何かきっかけだけは、ちょっと与えてあげて、
あとは「考えてみたら」と。きっかけをスマートな形で演出しなければいけない。
それが中田さんにしてみると6月7日のサッカーということになるんですかね
中:そうですね。
サッカー、プラス「なにかできること、ひとつ。」
この大きなテーマを抱え、中田は、フィールドに戻ってきた。

村:中田さんご自身は?
中:いや~今必死にトレーニングしてますよもう
村:コーヒー色に焼けていて、これも練習の成果が出ているのかなと思いましたけど
中:いや~やっぱり2年間休んで始めるとさすがにちょっときついですね。
だけどもやっぱり自分もそこに出て、いい活躍をして、楽しみたいし、
来てくれる人たちに対して、見せたいし。そうじゃないとゲームが楽しくならないと思うんですね。
そして中田は、試合への、ある“こだわり”を語り出した。
試合にこめられた、中田の“こだわり”とは。
中:今回チャリティーという言葉はまったく使ってないですし

僕は今回楽しいイベントとしてやって。でも実は裏にはそういう仕掛けを
うまく自分たちがつくって、流れをつくっておけば楽しんでいるうちにひきこまれてしまったという。
まあ騙すわけじゃないですけど。そういうシステムをうまく作れれば、
ほんとうに将来的にもっと長く続いていくんじゃないかなと
村:マイクロソフトのビルゲイツ会長と対談したんですが。
ビルゲイツさんと言っていることすごい似てるなと思ったんです。
お金を儲けることによって、貧しい人たちも救えるような、
そういう新しい資本主義を考えていこう。
お金を儲けたいというそういう心を認めた上で、みんなで社会のためにという。
ものすごく共通間を…
中:そうですね、僕も今言われたことは同感で何かを持続的にするためには、
それが自分の生活にそっていなければならないということは、
必ずしもそれが、ある種ビジネスにならなければ続けられないお金をかせぐということではなくて、
最終的な目標というのはみんなが笑顔でいられる。楽しめるというのは、
やっぱり厳しい環境の人たちを救うとか、
そういうところできちんとずーっと続けられる形をつくるというのが必要だと思うんです

村:6月のサッカーの試合があって、その1か月後には日本で洞爺湖でサミットがありますよね。
村:このサミットに合わせてまたプロジェクトを考えているということで

中:まあプロジェクトというほどのことじゃないですけども。
サミットが7月7日、七夕に始まるということもあって、
たんざくというものを使って何かできないかと。
中田は、インターネット上で、「たんざく」に
「なにかできること、ひとつ。」を
書いてもらうという、もうひとつの計画も進めている。
中:まずたんざくを書いて、みんなでこれをやるというのを。
それぞれ見れるシステムもあるので
そうするとさらに、より次のステップへ進みやすい、実現しやすい
村:(サミットに)参加する各国の首脳にも書いて欲しいですよね?
中:そうなるといいんですけど、まあ
村:ブッシュさんとか、サルコジさんとか…
中:裏からプッシュします(笑)

村:私も1年半報道で伝えてきたときに、民意を誘導していくフロントランナーが僕は
世の中を変えていくんじゃないかと。その中で、
僕は中田さんを見るんですよ。ちょっと持ち上げすぎかもしれませんが(笑)
中:ほんとに(笑)

村:そういう人がこれからどういう形で世の中を変えていくというのは、
非常に僕も興味がありますから、
是非こういう形でお話させていただければありがたいと思います。
きょうはどうもありがとうございました。
中:ありがとうございました。
2008年05月08日
「中田、地球を旅する。」~アフリカ・マリ編~
中田英寿は、丸い地球を駆けめぐった。

新しい出会いと発見が、待っていた。

ヒンバ族 「モロ(こんにちは)、ナカタ、モロモロ」
大地と共に生きる人々。
誰とでも友だちになれた。

マイナス30度の世界。
大自然の厳しさと強さを知った。
豊かな太陽の恵み。
至福の時を味わった。

しかし!

光とともに、陰を見た。
戦禍と貧困。

想像以上の現実に、圧倒された。

モアイ像で知られる、イースター島。
かつて緑豊かだった島から、木が消えた歴史を知った。

そして・・・。
中田「イベントをやろうと思っているんだ。テーマは、環境。」

学者「そうなのかい。イースター島のテーマも環境だよ。」
中田「そう、だからあなたと話したいと思ったんです。」
遠い国の出来事が身近な問題になった。

「今の自分に、何が出来るか?」

中田は、旅の中で気づいたことを日本に持ち帰り
ひとつのプロジェクトを立ち上げた。
「只今より、テイクアクション2008記者発表会を
開催させて頂きます。」

中田「フットボールだったら、サッカーだったら、
本当にいろんな人が同時にコミュニケーションがとれて、
いろんな事が伝えていけるかなと思ったので、そういうことを
思ったので、まー、今回、試合をやろうと…。」

地球の様々な問題に、気づいてほしい。
サッカーに託せば、その想いが伝わるのではないか。
中田自らが、大規模な試合を主催すると、発表したのだ。

そう言えば旅の随所で、中田は、
今回のプロジェクトを念頭に置いた動きをみせていた。
ブラジルでは、ジーコの主催するチャリティーマッチに参加。

試合を主催するという方法論と、
その集客力の大きさを、目の当たりにした。
ペルーを旅する列車の中では、具体的なアイデアを練っていた。

「代表チームの監督だよ。
釜本さんてどうだろう?」
釜本「こんにちは、釜本邦茂です。」
実際、釜本氏に監督を依頼し、実現することになった。
パリでは、中田自らの人脈を頼りに、
支援してくれそうな企業の元に、直接足を運んだ。
世界を股にかけ、着々と準備を進めてきたのだ。

2ヶ月前、中田は、西アフリカ内陸部のマリ共和国を訪ねた。

プロジェクトがスタートする前に、
この国で、見ておきたいことがあった。
首都バマコは、国で唯一の水源、ニジェール川のほとりにある。

「ナカタ!ナカタ!」
中田の名は、ここでも知られていた。
「ナカタマリ!?何か、名前みたいだね。」
普段は漁師をしているという船頭も・・・
船頭「僕は、実は背番号7番なんだよ。」
中田:「俺もだよ」
船頭「知ってるよ、7番。えへへへ。」

この国は近年、大きな問題に直面していた。
元々マリは、国土の3分の1をサハラ砂漠に覆われているが、
その砂漠が急速に広がり、
かつてあった湖が消滅するなど、
水不足が深刻化しているのだ。
「近くの井戸から、汲んできたの」

20kgもある水の入ったバケツ、
その上、なんと、背中には赤ちゃんを背負っていた。
近くという井戸までは、約4kmの距離がある。
「1日、10回行き来するのよ。」

伝統的に女性の仕事だという水汲み。
しかし、その重労働が女性の体力と時間を奪っていた。
中田は、極度に乾燥した、ある村に向かっていた。
実は、ここには、
ミネラルウォーターのメーカーとユニセフが協力して作った
井戸があるという。
「※挨拶」
去年から「1リッター・フォー・10リッター」という
キャンペーンを展開している、ミネラルウォーターのメーカー。

日本の消費者が水のボトルを購入すると、
売り上げの一部が、水不足にあえぐこの国で、
井戸作りの資金になるという仕組みだ。
こちらは、半年前に出来たばかりの新しい井戸。
手動式のポンプで、地下水を汲み上げる。
深さ50mまで掘り下げることで、ようやく確保できる
透明な水だ。
中田「これは古い井戸?」

トゴ「ポンプが出来るまでは、この水を飲んでいたんです。」
手で掘れる井戸の限界は、10mほど。
そのため、村人は常に濁った水を飲んでいたのだ。
アフリカにいる何百万人という子どもは
水の色は茶色だと思っている。

「ちょっと信じ難いことだけど。
水の色は、透明だということを、1人でも多くの子どもたちに
知ってもらいたい、こんな茶色ではないということをね。」
中田「僕もそう思うよ」
マリでは、国民のおよそ半数が、
衛生的な水を確保できない状態にあるという。
「ひとつの井戸を作るのにどのくらいお金がかかる?」

「約1万ドル(100万円)ですね」
「それに加えて地下水脈を探す人件費や、維持していく
メンテナンス費ももう少しかかるよね。」
「井戸が出来たことによって、どんな変化があった?」
「すべてが変わった。この井戸が出来る前は、
常に病気の子どもがいた」
マリでは、実に、5歳以下の子どもの15%が、
寄生虫による下痢が原因で死亡しているという。
「子どもたちが下痢をしなくなったわ。」

「水には、メジナ虫という寄生虫がいて、それが体内で成長する
と足やいろんな所から、皮膚を突き破って出てくるんです。」
「顔とかも?」
「それどころか、舌から出た人も知っています。」
「80㎝から1mくらいになります。
「長いんだね。うわー。」
「それが出てくるときは、耐え難い激痛が走るんですよ。」
いつでも水が手に入るようになって、
村人の生活は大きく変わった。
作物も、常に栽培出来るようになった。

「何作ってるの?」
「名前、忘れちゃった。えー、なんだっけな。
シショーだ。シショー。食べるとおいしいよ。」

穀類の一種であるシショーは、村人の、重要な栄養源だ。
「井戸のおかげで、遠くの水汲みから開放されたわ。」
「日本とユニセフが、井戸をつくってくれたんだ。
でも実は、いま人生で初めて日本人をみたよ(笑)。」

ひとつの井戸で、人々の生活が劇的に変わる。
中田はそれを、自分の目で確かめた。
日本人がミネラルウォーターを買うことによって、
現在、マリ国内で、20基の井戸が作られている。
中田「このキャンペーンをやるときには、目立つボトルの色にした方がいいと思うよ。」
中田「水のボトルって、いつも青か透明だから、新しい色のボトルがあったら、わかりやすいじゃん。」

「そうだね。日本の人は何かしたいという気持ちはあるからね。」
中田「どうせ値段が同じなら、意味あるもの選ぶからね。」
そして、中田はさらにアフリカの奥深くへ。
中田英寿は、まさにいま、
新しい井戸を掘り進めているという村に足を運んだ。

バルキネルビ村。
この村に、まもなく待望の“井戸”が完成する。
この日、ポンプで水を汲み上げてみるというので、
たくさんの村人が、井戸掘りの現場に集まっていた。
そして…、午後2時。村人の見守る中・・・。
中田は、可能性を感じていた。

日本で、「何かできることをひとつ」すれば、
地球のどこかで、
人々のはじけるような笑顔が生まれることを。
「世界は広いですよ。
ていうのは、色んなものを見て、いろんなものを経験して、
で、それがチョイスとなって、次にやることを決める。
で、その時に、現時点での大きな話題、
やっぱりテーマっていうのは「環境」だったりして。
その環境というのは、緑だけじゃないないっていうところも
含めた色んな環境を、何かしていった方が、自分たちのためにも
いいよっていうのを何か…、僕が見ていろいろ思ったことを、
何か一つでも伝えて、その中でまた、もう一歩踏み出す人が
いたら、嬉しいなぁ、と。」
なにかできること、ひとつ。

世界中でつかんだヒントを基に、
中田は、自分の一歩を踏み出した!
2008年04月17日
「中田、地球を旅する。」~アフリカ編~
熱風が体を包み込む
アフリカ大陸に、中田英寿はいた。
地球上で最も古いと言われる砂漠を駆ける。
中田は自らの足で
アフリカの大地を踏みしめていた。
アフリカには、壮大な自然と人々の
すさまじい現実があった。
内戦で家を追われた数万の人々が暮らす
避難民キャンプ。
中田はそれを自らの目で確かめる。
貧困、病、飢餓、紛争。
アフリカが抱える複雑な問題。
敢えて目を向けることをしなければ
知らないままに済んでしまうかもしれない。
なぜ中田はそこへ行くのか?
現役引退後、世界中を旅してきた中田。
本格的にアフリカの大地へ足を踏み入れるのは
今回が初めて。
世界のどの大陸とも違う、このアフリカで
中田は新たな経験を重ねていた。
「あっ、首やられてる。」
「ライオンにやられたかな。」
中田は
次に自分がすべきことを
探しつづけていた。

アフリカ大陸で最初に訪れた国は、ガーナ。
かつてゴールドコーストと呼ばれた西アフリカの海岸に面した
人口およそ2300万人の国だ。
中田はなぜガーナにやって来たのか?
「いや、別にガーナというよりも今回は
ずっとアジアを回って、南米を回って今度は
アフリカの番。まずまあ最初にガーナに
来たのは、当然、アフリカ選手権があるって
いうのはあるけど、あとはまあアフリカ選手権のまわりで色んなサッカーを通じたイベント
っていうのが色々行われていて、まあメインはそれを見に来たって感じかな。」
2年に一度、アフリカ大陸ナンバー1を決定するアフリカネーションズカップ。
今年の主催国がガーナだった。

地元ガーナの試合に、人々は大興奮。
国内はもちろん、アフリカ各国から人が押し寄せ、ガーナ中が熱狂した。
サッカーの持つこのエネルギーを、
なにか別のことにも生かせないかと
中田は考えはじめていた。
時を同じくして、
小さな草サッカーが行われていた。
地元の中学生同士の対戦を目当てに
多くの人が集まる。

そこに、中田の姿があった。
突然、芝居が始まる。
エイズの正しい知識や予防法を教えるイベントだ。
実は、この集まりにサッカーが一役買っていたのだ。
中田は、サッカーを楽しみに来た子ども達が
芝居やクイズに参加し、
自然とエイズの知識を得ていく方法に
関心を持っていた。
ガーナでは現在、全人口の約3%が
HIVに感染していると言われている。
子ども達に正しい知識を広げることが、
将来の感染拡大を防ぐことにつながるのだ。
一人でも多くの人に伝えるための場をつくることにサッカーが大きな貢献をしていた。

サッカーを通じて
社会の問題を解決しようとするプロジェクトを
みずからの目で見て回りたい。
それが、中田の今回の旅の大きな目的だった。
試合はPK戦までもつれこむ大熱戦。
サッカーを楽しみ、それをきっかけに
人々が新たに何かを知り、学ぶ、
そんな場面を目の当たりにした中田は、
サッカーの大きな可能性を再確認していた。
「サッカーを勝敗だけのスポーツではなく、
楽しくやることによって、または楽しみながら
観る事によって、それが間接的に何かの助けになるような、
そんな仕掛けや仕組みが作れるのではないか」 (nakata.net)

中田はガーナの子供たちについて
知りたいと考えていた。
中田は、旅の案内人アディサさんに、
教育環境についてたずねた。
中田「ガーナのほとんどの子供は
学校に行っているんでしょ?」

アディサ「そうよ」
中田「ガーナの子供たちの就学率は
高いと聞いたけど」
アディサ「ええ。でも卒業せずに
辞めていく子もいるわ」
中田「どうして?学校が退屈だから?」
アディサ「いいえ ほとんどが経済的な理由からよ」
中田「お金が必要なんだ?」

中田「でも政府が学校を無料にすると
決めたって聞いたけど。」
アディサ「まだ実行されていないの。」
中田「まだなんだ?」
アディサ「小学校は無料になっているわ」
「でも そのさきはまだなの」
「そこで学校をやめる子供が多いのよ」

貧しさゆえに教育を受けられない子供たち。
中田は、ガーナで行われている、
貧困対策プロジェクトのことを聞き、訪れた。

中央アフリカのサバンナ地方で採れる
シアの木の実を加工して作る“シアバター”。

皮膚病や、美肌促進に効果があるとされ、
現在では、日本やヨーロッパなどで
高級品として販売されている。
地元に根付いた生産体制を確立することで、
女性たちの経済的自立が図れるのだという。

ちょっとしたサプライズがあった。
この月は中田の誕生月。
中田「結婚式じゃないんだから」

手作りのケーキがプレゼントされたのだ。

サッカー貧困やエイズとのたたかい。
を通じて何かできることはあるのだろうか?
移動中。
中田は結婚観を問われていた。
アディサ「(結婚)してみなさいって!」
アディサ「愛はとーってもあまーいものなのよ」
中田「じゃあ 90歳になったらするよ」

アディサ「あなたはハンサムだからモテるでしょう?
だけど一人にしなさい一人を愛するのよ!」

中田「なんで一人だけなの?」
アディサ「!?」

「一人に決まってるじゃない!
恋に落ちて その人だけをを愛するの」

中田「二人を愛するかもよ」

アディサ「…二人なんて聞いた事ないわ」
中田「二人を愛したことがないからだよ」
アディサ「まずは一人を愛してみなさい」
中田「あなたはどうなの?」
アディサ「わたしはもう結婚したからいいのよ」
中田「だったら別の人を愛してみればいいよ」
アディサ「私はもう終わったの!一度経験すればいいのよ!」
中田「いつも言い逃れをする!」
中田「なんで1度だけって決めつけるの?
2回してみたっていいじゃない!」

中田「僕が言いたいのは
決定してしまう必要はないってこと
愛する誰かに出会えば
結婚するし
誰にも出会わなければ
そのままでいいよ
だから僕が言いたいのは
(結婚は)しなければいけないことでは
ないだろうってことなんだ」

アディサ「なんでわたしが
こんな話をするか分かる?」
わたしはあなたに
人生を楽しんでほしいの」

中田「僕は楽しんでいるよ」

アディサ「愛は人生における楽しみの1つなのよ」
中田の考え方は独特だ。
中田はガーナのサッカー学校で、
ボールを蹴る子供たちをみつめていた。

ここは、サッカー選手になる夢を現実に
変えることのできる場所。
元マンチェスターユナイテッドのスカウトが
ガーナ全土から、
運動能力の高い優秀な少年を集め、
無料でサッカーの英才教育をしている。

生徒の多くが貧しい環境にいた子供たち。
学校は全寮制で、親元を離れ、プロを目指す。
いっぽうで、サッカー選手になれなくても、
将来、きちんとした仕事につくことができるよう
に、一般の教育も行っている。
そしてなんと毎年数名の生徒が
ヨーロッパなどで
プロサッカー選手になるという。
憧れの中田への質問の時間がつくられた。
中田は率直に語りはじめた。

Q「もっとも優れていると思うサッカー選手は?」
中田「今は引退してしまったけれど
ジダンが 僕が見た中で一番優れた
選手だと思う」
中田「ジダンはサッカーをしているというよりも
まるでダンスをしているみたいなんだ
だから僕はいつも
彼のプレイが見たい」
中田「ジダンのプレイは
基礎がとても高いレベルにある」
中田「基礎トレーニングは退屈で
自分にはもうできるって思うかもしれない
だけど、基本練習に終わりなんて
ないんだ
だから毎日長い時間をかけて
練習したほうがいい
それが良い選手になる秘訣だよ」


Q「選手生活の中で何が大変でしたか?」
中田「だれにでも よいときと
悪いときがある」
「勝つこともあるし 負けることもある」
「特にプロの選手は 勝てば
神のように扱われる
だけど 負けるとまるで犯罪者のように
見られるんだ」
「対処していくのは簡単ではないよ」
「だけど重要なのは
自分の考えをしっかりと持って
自分が何をするか
何をしたか
何をしなければならないかを
理解すること」

「そうすれば 自分がよいときか
悪いときかなんて関係なくなる」
「なぜなら全てが
よい経験になるからだよ」
「悪いときは何が問題なのかを
理解することができる
どうしてこの問題が起きるんだって
ことをね」
「だから いつも考えなきゃだめなんだ
「なぜ自分はここにいるのか」
「自分は今どういうときなのか?」」
「そして自分の心をいつも落ち着かせること
「それがとても大切なんだ」

中田は真剣に語った。
サッカーがこの子供たちに
大きな可能性をもたらす。
ここにもサッカーの力があった。
現役引退後、自分の新たな可能性をさがす
旅に出た中田は、果てしない地球の上で、
経験を重ね、自らの世界を広げていた。

中田が子供たちへ語った言葉は
自分自身への言葉のようでもあった。
「今、何をすべきか」

中田の旅は、まだ続く
2008年03月18日
「中田、地球を旅する。」 ~南米編~
アンデス山脈のそびえ立つ、南米ペルー
そこに、中田英寿は・・・、いた。

インカ帝国時代の都、クスコ
中田「Mas Sal(スペイン語:塩、もっと)。」
トウモロコシの原産地アンデスで味わう、
本場のポップコーン。
クスコは、アンデス山中に築かれた
謎の空中都市「マチュピチュ」への
玄関口となっている。
中田「やけに短いスカートだなあと思ったら、
中にタイツみたいなのはいてるよ」
「ここの人の格好、
ハリーポッターみたいじゃない?」
「コカ茶よ」
コカ茶には、高山病の症状を、緩和する効果がある。
南米のオリエント・エクスプレスと謳われる
マチュ・ピチュ行きの名物列車。
中田は地球を旅する。
中田「(スペイン語)進行方向はどっちですか?」
なんと、流暢なスペイン語。(語学堪能!)
マチュピチュまでは3時間の旅。
その間、乗客は、バーカウンターや生演奏など、思い思いに楽しむことができる。そんな中・・・
中田はやおらパソコンを開いた。

自分が次に何をやるべきか常に考え
旅の途中いくつものアイディアが浮かんでくるようだ。
注文の品が来た。
中田「(ペルーでは)コカ・コーラより売れているという
インカ・コーラ。しかも、コが「K」だからね。
『コラッ!(KOLA)』みたいな。
っっあー!インカコーラ」

結局中田は、3時間の道中、2時間以上
パソコンを開いていた。
そして、中田が目指した場所・・・、

それは、15世紀頃、アンデス山中の絶壁に築かれた、
インカ帝国の天空都市「マチュピチュ」。
今からおよそ90年前、アメリカ人探検家によって発見され、
未だに、多くの謎を秘めている世界遺産である。
旅のガイドは「地球の歩き方」♪

見たことのない世界をのぞき、
見知らぬ人と触れあう、ナカタの旅。

中田「(スペイン語)ここで働いてるの?」
男性「ええ」
中田「家はあそこ?(峰のてっぺんを指す)」

男性「あれは、月の神殿なんですよ。」
中田「あー、向こうに月の神殿があるんだって。調べておけよ」
ディレクター「え えーっ!?」
中田:大笑い
中田はずんずん歩き、縦横無尽に動き回る。
(ルートを外れると警告の笛が・・・)

そして見つけた、撮影のベストポジション!
実はこれ、中田自身のホームページに
掲載するためのビデオ撮影。
自分のHPは、自分で監督するのだ。
中田「天空都市、陰ってきちゃいましたけど(笑)
このマチュピチュはね、最近見た遺跡の中では
一番神秘的というか、感動的なので、

是非ともみなさんも訪れてください。
カメラさん、ちょっとカメラ持って。写して下さい、

こちらね、段々畑です。
ここでは昔あの、とうもろこしを作っていたという噂がありますけれども、
まあ、嘘っぽいですね。(注:本当です)

あの、あちらの中央の場所では、
昔はサッカーの5人制をやっていたという話なんですけど、
今はもうやってません。(注:嘘です)
ゴールの跡もちゃんとありました。
やろうと思ったら怒られました。ピピピピピーって。」
ガイド「やぁ、お元気?日本の皆さん、こんにちは!」

中田「ちょっと、喋ってよ。」
ガイド「あー、マチュピチュにようこそ、楽しんでいってください。」
「花崗岩の採石場が、このような高い場所にあったので、
上から下へと石を運び下ろすことが出来、
マチュピチュの(都市)建設は、うまくいったといわれています。」
中田「まあ、要約すると『新年おめでとうございます』と」
ディレクター「えっ!?」
中田「まあとりあえず、
『ここへ来たら食べ物は中では食べず、
ゴミは捨てず(に楽しんで帰って下さい』っていう、
超訳ですね。シドニー・シェルダンみたいな。」
「さようなら、『世界の車窓から』でした(笑)」
ディレクター「はい、カット!」
その日、ホテルでは・・・。
母「ナカタを撮影しているの?

ドキュメンタリー?ナイス!」
中田は、世界中で、その顔を知られていた。
母「本当に引退したの?休んでるだけ?
もう、充分稼いだからいいやって感じ?

スペイン語できるの?」
中田「ちょっとね。イタリア語に似てるから。」
母「あー。」
母「チャーリーよ。」
チャーリー「Thank you!」
サインをもらったチャーリー。

翌日、中田は雲の上にいた。

「このMachu Picchuでクリスマスを過ごした後はというと、
ブラジル!!・・・リオに行きます。」 (Nakata.netより)
南半球、真夏のリオ・デ・ジャネイロ。
ここには、ブラジルが誇る、
世界最大のサッカー・スタジアムがある。
中田は、ある人のためにここにやって来た。
その人とは、現役時代、共に戦った
元日本代表監督、ジーコ。

ジーコ「元気?」 中田「げんきげんき。」
実はこの日、ジーコが主催するチャリティーマッチが行われ、
ジーコの趣旨に賛同した
そうそうたるメンバーが、世界中から大集結したのだ。
そんな中、アジアから唯一呼ばれたのが、
中田だった。
ジーコ「ナカタは、ここでプレーしたことがないので、
マラカナンでのプレーをすごく楽しみにしていたし、
みんなとのお祭りに参加してもらいたくて呼んだんだ。」

その中田本人は、地元のメディアにこう語った。
中田「(英語)マラカナンは世界最大の
サッカー・スタジアムです。だからサッカー選手にとって、
ここでプレーすることは夢の一つ、僕もとても幸せです」

世界のスーパースターが顔を揃えた
チャリティーマッチ。その対決は・・・
ブラジルの名門、フラメンゴ
対するは、アミーゴス・デ・ジーコ(ジーコの仲間たち)

この試合の収益の一部は、
リオデジャネイロ市の教育支援プロジェクトに
寄付されるという。
さらに、貧しい人たちにもスーパースターのプレーを
間近で楽しんでもらおうと、
入場料はおよそ600円という破格の安さ。

中田が公式の場でユニフォームを着たのは、半年ぶりのこと。

50歳を過ぎたジーコも、大声援を受け、
現役時代さながらのプレーを見せる。
なんとオーバーヘッド!
この夜、スタジアムは4万人を越える人々の
熱狂と興奮に包まれた。

試合に参加した中田は、何を思ったのか?
中田「やっぱりまずはそのサッカーが、
すごい世界中どれだけ大きいかって言うのが、
サッカーの外に出て、見て、初めてそれが分かって、
なおかつ、サッカーの求心力というか、
いろんな人がサッカーを観る、サッカーに興味がある・・・。
だったら、そういうことを使って、
伝えるツールに出来ないかなと。」

中田は、自身のHPにこう記している。
「そんなサッカーだからこそ、
言葉や、宗教や、文化や、国の壁など関係なく、
いろんな人を魅了することができるし、
新たな人と人の関係を作りやすい。
サッカーなら、そんな手助けを出来るんじゃないかと、
こうやって旅しながら、最近強く思い始めている。」

中田の頭の中には、新たないくつもの夢が
生まれようとしていた。


