2008年05月08日
中田、地球を旅する。「アフリカ・マリ編」
中田英寿は、丸い地球を駆けめぐった。

新しい出会いと発見が、待っていた。

ヒンバ族 「モロ(こんにちは)、ナカタ、モロモロ」
大地と共に生きる人々。
誰とでも友だちになれた。

マイナス30度の世界。
大自然の厳しさと強さを知った。
豊かな太陽の恵み。
至福の時を味わった。

しかし!

光とともに、陰を見た。
戦禍と貧困。

想像以上の現実に、圧倒された。

モアイ像で知られる、イースター島。
かつて緑豊かだった島から、木が消えた歴史を知った。

そして・・・。
中田「イベントをやろうと思っているんだ。テーマは、環境。」

学者「そうなのかい。イースター島のテーマも環境だよ。」
中田「そう、だからあなたと話したいと思ったんです。」
遠い国の出来事が身近な問題になった。

「今の自分に、何が出来るか?」

中田は、旅の中で気づいたことを日本に持ち帰り
ひとつのプロジェクトを立ち上げた。
「只今より、テイクアクション2008記者発表会を
開催させて頂きます。」

中田「フットボールだったら、サッカーだったら、
本当にいろんな人が同時にコミュニケーションがとれて、
いろんな事が伝えていけるかなと思ったので、そういうことを
思ったので、まー、今回、試合をやろうと…。」

地球の様々な問題に、気づいてほしい。
サッカーに託せば、その想いが伝わるのではないか。
中田自らが、大規模な試合を主催すると、発表したのだ。

そう言えば旅の随所で、中田は、
今回のプロジェクトを念頭に置いた動きをみせていた。
ブラジルでは、ジーコの主催するチャリティーマッチに参加。

試合を主催するという方法論と、
その集客力の大きさを、目の当たりにした。
ペルーを旅する列車の中では、具体的なアイデアを練っていた。

「代表チームの監督だよ。
釜本さんてどうだろう?」
釜本「こんにちは、釜本邦茂です。」
実際、釜本氏に監督を依頼し、実現することになった。
パリでは、中田自らの人脈を頼りに、
支援してくれそうな企業の元に、直接足を運んだ。
世界を股にかけ、着々と準備を進めてきたのだ。

2ヶ月前、中田は、西アフリカ内陸部のマリ共和国を訪ねた。

プロジェクトがスタートする前に、
この国で、見ておきたいことがあった。
首都バマコは、国で唯一の水源、ニジェール川のほとりにある。

「ナカタ!ナカタ!」
中田の名は、ここでも知られていた。
「ナカタマリ!?何か、名前みたいだね。」
普段は漁師をしているという船頭も・・・
船頭「僕は、実は背番号7番なんだよ。」
中田:「俺もだよ」
船頭「知ってるよ、7番。えへへへ。」

この国は近年、大きな問題に直面していた。
元々マリは、国土の3分の1をサハラ砂漠に覆われているが、
その砂漠が急速に広がり、
かつてあった湖が消滅するなど、
水不足が深刻化しているのだ。
「近くの井戸から、汲んできたの」

20kgもある水の入ったバケツ、
その上、なんと、背中には赤ちゃんを背負っていた。
近くという井戸までは、約4kmの距離がある。
「1日、10回行き来するのよ。」

伝統的に女性の仕事だという水汲み。
しかし、その重労働が女性の体力と時間を奪っていた。
中田は、極度に乾燥した、ある村に向かっていた。
実は、ここには、
ミネラルウォーターのメーカーとユニセフが協力して作った
井戸があるという。
「※挨拶」
去年から「1リッター・フォー・10リッター」という
キャンペーンを展開している、ミネラルウォーターのメーカー。

日本の消費者が水のボトルを購入すると、
売り上げの一部が、水不足にあえぐこの国で、
井戸作りの資金になるという仕組みだ。
こちらは、半年前に出来たばかりの新しい井戸。
手動式のポンプで、地下水を汲み上げる。
深さ50mまで掘り下げることで、ようやく確保できる
透明な水だ。
中田「これは古い井戸?」

トゴ「ポンプが出来るまでは、この水を飲んでいたんです。」
手で掘れる井戸の限界は、10mほど。
そのため、村人は常に濁った水を飲んでいたのだ。
アフリカにいる何百万人という子どもは
水の色は茶色だと思っている。

「ちょっと信じ難いことだけど。
水の色は、透明だということを、1人でも多くの子どもたちに
知ってもらいたい、こんな茶色ではないということをね。」
中田「僕もそう思うよ」
マリでは、国民のおよそ半数が、
衛生的な水を確保できない状態にあるという。
「ひとつの井戸を作るのにどのくらいお金がかかる?」

「約1万ドル(100万円)ですね」
「それに加えて地下水脈を探す人件費や、維持していく
メンテナンス費ももう少しかかるよね。」
「井戸が出来たことによって、どんな変化があった?」
「すべてが変わった。この井戸が出来る前は、
常に病気の子どもがいた」
マリでは、実に、5歳以下の子どもの15%が、
寄生虫による下痢が原因で死亡しているという。
「子どもたちが下痢をしなくなったわ。」

「水には、メジナ虫という寄生虫がいて、それが体内で成長する
と足やいろんな所から、皮膚を突き破って出てくるんです。」
「顔とかも?」
「それどころか、舌から出た人も知っています。」
「80㎝から1mくらいになります。
「長いんだね。うわー。」
「それが出てくるときは、耐え難い激痛が走るんですよ。」
いつでも水が手に入るようになって、
村人の生活は大きく変わった。
作物も、常に栽培出来るようになった。

「何作ってるの?」
「名前、忘れちゃった。えー、なんだっけな。
シショーだ。シショー。食べるとおいしいよ。」

穀類の一種であるシショーは、村人の、重要な栄養源だ。
「井戸のおかげで、遠くの水汲みから開放されたわ。」
「日本とユニセフが、井戸をつくってくれたんだ。
でも実は、いま人生で初めて日本人をみたよ(笑)。」

ひとつの井戸で、人々の生活が劇的に変わる。
中田はそれを、自分の目で確かめた。
日本人がミネラルウォーターを買うことによって、
現在、マリ国内で、20基の井戸が作られている。
中田「このキャンペーンをやるときには、目立つボトルの色にした方がいいと思うよ。」
中田「水のボトルって、いつも青か透明だから、新しい色のボトルがあったら、わかりやすいじゃん。」

「そうだね。日本の人は何かしたいという気持ちはあるからね。」
中田「どうせ値段が同じなら、意味あるもの選ぶからね。」
そして、中田はさらにアフリカの奥深くへ。
中田英寿は、まさにいま、
新しい井戸を掘り進めているという村に足を運んだ。

バルキネルビ村。
この村に、まもなく待望の“井戸”が完成する。
この日、ポンプで水を汲み上げてみるというので、
たくさんの村人が、井戸掘りの現場に集まっていた。
そして…、午後2時。村人の見守る中・・・。
中田は、可能性を感じていた。

日本で、「何かできることをひとつ」すれば、
地球のどこかで、
人々のはじけるような笑顔が生まれることを。
「世界は広いですよ。
ていうのは、色んなものを見て、いろんなものを経験して、
で、それがチョイスとなって、次にやることを決める。
で、その時に、現時点での大きな話題、
やっぱりテーマっていうのは「環境」だったりして。
その環境というのは、緑だけじゃないないっていうところも
含めた色んな環境を、何かしていった方が、自分たちのためにも
いいよっていうのを何か…、僕が見ていろいろ思ったことを、
何か一つでも伝えて、その中でまた、もう一歩踏み出す人が
いたら、嬉しいなぁ、と。」
なにかできること、ひとつ。

世界中でつかんだヒントを基に、
中田は、自分の一歩を踏み出した!
中田さんの旅を紹介するこの「NAKATA×ZERO」企画も、この「アフリカ・マリ編」で4回目。
次回は、村尾さんによる、中田さんへのインタビューが中心となるようです。
そして、この2年間、中田さんの地球を旅した膨大な記録が、6月2日(月)よる9時半から
「中田英寿 僕が見た、この地球。 ~旅、ときどきサッカー」として放送になります。
訪れた国の名前をずらっと並べただけで、とんでもない数。
これを2時間でどうやって皆様にお見せするか、
ディレクター2人は頭を悩ませながら、編集室にお篭りの日々が続いております。
というわけで、今回の同行日記はディレクターの小堺ではなく、
旅の一部に同行しました私、プロデューサーの渡辺が書かせていただきます。
水不足のマリに、きれいな水の出る井戸を作る。
そんなプロジェクトに、わずかではあるけれど日本人の力が生かされていたんですね。
べつにミネラルウォーターを買うことだけじゃない、
そうやって遠い国の出来事、人々に僕らがちょっとでも関心を持つようになれば、
なにかが変わるのかもしれない・・・。
中田さんの言う「なにかできること、ひとつ。」には、
旅のなかでいくども経験した、そんな思いが込められているのだとおもいます。
私も、旅のエピソードをひとつ。
アフリカ南西部の国ナミビアの首都ウィントフックに到着した中田さんは、
そこから小さなチャーター機で北部の僻地カオコランドを目指すことになりました。
旅に同行させていただいる撮影隊は、できるだけ少ない人数での同行を心がけていますが、
それでもこの国は、カメラマンや撮影コーディネーターなどで総勢10人弱。
やってきたチャーター機に、撮影機材や私物をどんどん積み込むのですが、思うように入りません。
リクエストしていたものより機体がずいぶん小さいのです。
これだと燃料を食うから、無理に飛んでも途中でガス欠を起こす・・・。
荷物を一部空港に置いていこうか、いや積み方を変えればなんとかなるのでは、
と、パイロットやスタッフで議論がはじまります。
この様子をしばらく眺めていた中田さんが一言、「じゃあ、置いていこう」。
え???
荷物をじゃないんですね、人間を置いていけばいい、と。
そうすればその人間のぶんの私物も積まなくてすむし、空いた座席も荷物用のスペースになる。
では、誰が降りる・・・?
ディレクターとカメラマンは必要ですね。
そしてコーディネーター、もちろん中田さんも。
「要らないでしょ?」と言われたのは、私と、もう一人中田さん事務所のK氏。
たしかに順番でいけば、この2人なんだろうな・・・。カメラは回せないし、現地通訳にもならないし。
せっかく来たんだから皆で飛びましょう!と主張するパイロットやコーディネーター。
そんな光景を横目に、スーツケースをゴロゴロとターミナルへ向かう私とK氏。
だだっ広い滑走路をトボトボ歩く姿は、往年の名番組「アメリカ横断ウルトラクイズ」の敗者さながらでした。
無事飛び去る機を見送った私とK氏は、仕方がないので宿探し。
といっても、本来泊まるはずのなかったこの街の情報などなにもないので、
あてずっぽうでいくらか大きめのホテルに飛び込み、居残りなら居残りらしくと開き直って、
昼からワインと生牡蠣をやりながら今後の方針を相談しあったのでした。
うん、居残りも意外と優雅なもんだ。
一方、中田さんが向かったのは、アンゴラとの国境沿いの地、カオコランドに住む孤高の民ヒンバ族の村。
ここで中田さんは、生涯初の××を体験することになります。
その時の、様子は6月2日の放送でたっぷり紹介しますので、お楽しみに。
中田さんの素顔がのぞける、貴重なロケになりました。
居残り組の2人は、快適快適、むしろ飛べなくてもうけものだったんじゃないかーなんて
呑気なことを言っておりましたが、晩になると、この小さな首都の街すべてが計画停電で真っ暗に。
ヒンバ族の村で使うかなと思い持参した懐中電灯が、まさかここで役に立つとは・・・。
2日後に中田さんと再合流してからは、のんびり居残り@快適ホテルの罰でも当たったのか、
私、日本帰国まで延々と謎の背中痛に悩まされ、スタッフの足を引っ張り続けることになったのです。
さて、「置いていこう」と決めた中田さんの決断を聞いて、どう思われたでしょうか?
冷たいと思われた方もいるかもしれません。
でも、滑走路であれこれ悩んでいるわけにはいかないのです。
駐機料もかさみますし、旅にいちばん大切な「時間」が浪費されていきます。
あの瞬間、いちばん正しい判断は「誰かが残る」ことなんです。
無理に飛んでガス欠を起こしたり、何時間も悩み悩んで積みなおしを試みたり、
そんなことをしていては、肝心要のヒンバ族の訪問に大きな支障がでてきます。
遠路はるばる、時間もお金もかけてやってきたのに、こんなばかばかしい話はありません。
どうしても、なんとかもう少しがんばってみようよ、せっかくだし皆で行こうよ、
という雰囲気になりがちですが、これはまったくの本末転倒。
中田さんの状況判断が、撮影を成功へと導いてくれたのだと、今でも思っています。
出演者と一緒に番組を作るということは、決して仲良しクラブでやるということではないんだ、
そう、改めて教えられたのでした。
いつも周りが見えていて、迷いがなくて、先を読む力が図抜けている、
そんな中田さんのプレースタイルに惚れ惚れと見入っていた記憶があります。
そうか、状況判断とはこういうことなんだ。
今回の一件で、中田さんのそういう面に触れることができたのは幸せなことでした。
中田英寿の武器である状況判断能力、それはきっと引退後も、
いや、生涯を通じて失われることはないのだろう、そんなふうにおもいました。
その中田さんが出場予定の+1 FOOTBALL MATCH(6月7日)。
その状況判断の力、メンタルの力できっとなにか魅せてくれるはずと、今から期待でいっぱいです。
でもその前に、僕らの仕事は6月2日の番組を完成させること。
こちらもどうぞご期待ください!