2010年09月30日
LIFE~野田聖子議員と対談~
私は衆議院議員会館にある、野田さんの事務所を訪れました。
板谷:失礼します。こんにちは。
野田さん:こんにちは。
板谷:はじめまして、板谷と申します。よろしくお願いします。
早速なんですけど・・・おめでとうございます。
野田さん:どうにか、頑張ってます。
板谷:おめでとうございます。
野田さん:ありがとうございます。
どうですかね寝てるのかな。静かだな。
板谷:もう動きますか?
野田さん:ときどきぽこぽこしてるんですけど。

現在妊娠6か月。
来年2月に出産予定ですが、
50歳の野田さんは、高齢出産となります。

板谷:安定期に入られたんですか?
野田さん:でも、ハイリスク妊婦なんで、安定期という言葉は
無縁の妊娠生活になると言われているんで。
これからは規則正しくして子どもに負担をかけないように
頑張りたいなと思います。
板谷:野田さんが最初に妊娠が分かった時の気持ちはどうでしたか?

野田さん:やった~って感じでしたね。
本当に嬉しかった。なんかもうロケットのように、
宇宙に向かっていくくらい、自分が舞い上がってましたね。
私の場合はここに至るまで10年の歳月がかかっているから。
「私は、産みたい」
6年前、野田さんは不妊治療に取り組んでいることをこの本で公表しました。
41歳の時、検査で自然に妊娠することが難しいと分かった野田さん。
体外受精による不妊治療を始めました。

これは自分の卵子を体外にとりだし、夫の精子と受精して子宮に戻す治療です。
高齢での不妊治療。
毎日何種類もの薬を服用、注射も何本も打たなければならなかったといいます。
しかし・・・。
野田さん:「今回受精出来ませんでした」とか
「途中でダメになりました」とか。
「ギリギリで途中で成長が止まりました」とか、
その都度、がくんがくんがくんって落とされて。
地面に叩きつけられて、心が折れて。
それでまた機械的に立ち上がって
また注射を打ち始めてっていう。
これをずっとやってきたんですね。もうボロボロ。
忙しい議員活動の合間をぬって治療を続けた野田さん。
8回目の受精卵移植でようやく妊娠しました。
しかし、順調に育たず流産、出産には至りませんでした。
そして、当時の夫と事実婚を解消。
その後4年がたち、野田さんは新たなパートナーともう一度、
不妊治療に取り組むことを決意します。
しかし年齢はすでに49歳。年をとるにつれ卵子も老化、
野田さんはもう自分の卵子では妊娠できないと実感したといいます。

そして今年5月、アメリカで第三者の女性から卵子を提供してもらい
事実婚の関係にある夫の精子と体外受精。
その受精卵を野田さんの子宮に移植、妊娠しました。
子どもは野田さんの遺伝子は受け継いでいませんが、
日本では「子どもを産んだ女性が母親」という最高裁の判例にならうため、
生まれた子どもの戸籍上の母親は野田さんとなります。
板谷:今、卵子提供という形でどうして、野田さんは、失礼ですが、
この年齢で、どうして今そこまで子どもを産もうとなさっているんだろうと
野田さん:愛する人ができたときにその人の子どもが欲しい、というときに
道のりのなかで捨ててくるモノがあるんわけですよ。
わたしが捨てられたモノはやっぱり自分の血とか、
自分のDNAとか、自分のエゴが捨てられた。
自分の子じゃないとダメという思いを捨てることができて
相手の血が入ってるだけで十分じゃないかと。
で、私はお腹で育てられるなら十分じゃないかと、
これが私の子どもだと。
自分の残っている妊娠する、
赤ちゃんを産める能力で唯一残っているのは、
子宮しかないと、それでも今の世の中では科学技術のおかげで
私にも子どもが授かるチャンスがあるとするならば、
それが私にとっての最大の子どもとの出会いなんだと、
決断がついた。
現在日本には、野田さんのように第三者から卵子を提供してもらう
不妊治療について法律はなく、一部の病院が自主判断で行っているのが現状。
厚生労働省は「認めるとも認めないともいえない」という見解です。
このため、海外に行って卵子提供を受ける夫婦もいます。
アメリカで卵子提供をコーディネートする民間会社では、
これまでおよそ700組の日本人夫婦が卵子提供で出産したと言います。
板谷:卵子提供もグレーゾーンと言われているけど
野田さん:そういうグレーゾーンとか法律をちゃんと定めてないが故に
国内でのチャンスがないから、海外に行かなければ行けない。
海外に行くと費用がかかるとか、特定の人しか受けられない、
これはやっぱり改善するべきだと思うんですね。
この卵子提供についてはさまざまな意見があります。
姉妹などからの卵子提供で66人の子どもを誕生させた医師は。
諏訪マタニティークリニック
根津院長
「当院の場合は45歳までという、一応限度を作っているのですが
卵子の養子縁組、精子がない場合であればの精子の養子縁組、
そういう考え方でかかわっていける」
一方で、生まれてくる子どもの立場を考え慎重な意見も。
慶応大学 女性学専門
長沖准教授
「卵子提供でも多くの方がそうでしょうけど、
お子さんに隠しているんですよね。
その事実を。なので、ある時偶然に知ってしまったり、
そうするとすごいショックが大きくて。子どもが生まれたあとの方が
ずっとずっと長いわけで、その後20年、30年。
お子さん自身は何十年も生きていくわけで、
そのことに関してどれくらい準備をして考えてきたのかなっていうことが心配ですね」
板谷:実際に子ども生まれて、
10歳のときに60歳、20歳のとき70歳じゃないですか。
そういうのを考えたりして不安になったり
いろんな気持ちになったりしませんか?
野田さん:だから、夫と常々・・・夫は私より7つ下なんで、
万が一の時はよろしくと。
あとは、(私の)見てくれがね。おばさんになっちゃって
子どもがいじめられる可能性もあるけれども
そこはやっぱり夫にお願いしてそうやって言われても、
お互いに夫が「お母さんこんだけ頑張っているんだから、だめだろ、キミ」
とか言ってくださいねって風に言っているんですよ。
夫がね、そこはうまくフォローしてねという話はよくしてるんですけどね。
板谷:今後お子さんが生まれたら、お子さんにももちろんその話をされようと?
野田さん:そもそも隠すつもりはなかったから、私の場合は。
全く私に似ていない、外国人の方の卵子を頂いたわけで、
かあちゃんは、卵子がボロボロだったから。
だけど君が欲しかったんで、アメリカの人に御願いしたんだよ、って。
だから君は国際色豊かな子なんだよ、って。
大事なことはどれだけ愛していてどれだけ望んでたかというのを、
子どもがイヤって言うほど毎日言ってやろうと、
それしか親としてできないけれども、
それによって子どもが自信をもってもらいたいなと。
誰よりも愛されて、生まれた子どもだから、堂々と生きていこうと。
板谷:育児休暇とって復帰、今後どういった政治家でありたいとかある?
野田さん:自分で言うのもヘンだけど、今の自分の経験、
自分の内面の変化がしっかり政治の中に形としていかせるように、
率直に生きること、本当に守るとか、
責任というのを具体的に今感じているから、
そのことを形にしていくこととか、
そんな大所高所の演説じゃなく、
やるべきことがいっぱいあると実際によくわかってきましたので、
それをひとつずつこなしていきたい。
投稿者:板谷由夏









































