2013年03月19日

LIFE 2013年3月6日 ~震災遺構~

宮城県・気仙沼市。
道路の先に見えたのは…

板谷「かなり大きいですね、あの船」

港にほど近い鹿折地区にあるのは、大型漁船「第18共徳丸」。
全長は、およそ60メートル。

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津波で海からおよそ800メートル、
内陸に打ち上げられた船です。

震災から1か月、私が取材したとき
このあたりはガレキだらけで道もふさがれていました。

あれから2年。ガレキはかたずけられ、
更地となっていましたが

船だけは解体されず当時のまま残されています。

近づくと船の底には車が押しつぶされたままになっていました。

板谷「まだね、そのままだね、お鍋とかもそのままだもん」

板谷「少しずつ日常がもどってきているんだけど、
   船がある異様さというか」

現在、船は気仙沼市が船を所有する会社から
無償で借りています。

市は津波の脅威を伝える「遺構」として残したい考えです。

この「震災遺構」について、有識者による研究会は
宮城県内46の候補をあげ、保存を訴えています。
気仙沼の船もそのひとつ。
他にもこんな候補があげられています。

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石巻市の大川小学校。川をのぼってきた津波がおそい、
児童・教職員あわせて84人が死亡・行方不明となりました。


火葬が間に合わず、宮城県内15か所で
2108人の方が仮埋葬された場所。

すでに更地となった跡地も候補のひとつです。


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しかしこうした「震災遺構」について
専門家は課題があるといいます。

3.11震災伝承研究会木村座長
「やはり地元のみなさんの合意の問題。
 地元で住民の方が残すべき残さないで撤去すべきということで
 なかなか意見がまとまらない」

課題の一つが「住民の合意」です。
船を残したい気仙沼市に対し、住民からは「反対」の声が
あがっています。

船の近くの鹿折地区に住んでいた、
小野寺良男さん。
今も仮設住宅で生活を続けています。

小野寺さん「(船の保存に)反対ですね。
       私たちの住んでいる中みなとそのものをあの船が横切った
       (津波の)1波、2波、3波の中で建物を壊してしまった。
       あの船によって悲しい思いした人がすごく多かったんではないかと。」

一方で、「保存に賛成」という意見も。津波でお母さんをなくした藤沢大也さん。

藤沢さん「(この地区に住んでいない)僕の立場としては
      残して、やはりこれから自分たちが前に進んでいくにつれて
      いったん、振り返る場所というか
      思い出すというか残しておくべきなんじゃないかと。
      将来、後世に伝えていかなくちゃならない時でも
      思い出したくないことをあえて自分の記憶からもってきて
      話すことが大事だと思う」

そして地元住民の中には、
なかなか答えが出せないという人もいました。
仮設の店で酒店を経営する茂木幹一さんです。

茂木さん「本当に色んな方がいる(船を)見るだけで
      吐き気するって人もいるし、あれ(船)によって人がいっぱいくるんだから、
      鹿折にいっぱい人が来るから(船を残しても)いいという人もいるし。
      いろんな思いがからまって、本当に意見がバラバラになってきている。
      簡単にこういう風にしたらいい、
      ああいう風にしなきゃいけないとはあまり言えないというか。」

それぞれの立場によって、分かれる意見。
船を所有する会社も、住民の同意が得られないのに、残したくないなどとして、
すでに市に解体を申し入れています。
そしてもう一つの課題がお金の問題です。

気仙沼市によると保存には船周辺の整備が必要で多額の費用がかかるといいます。
これを国にまかなってほしいと考えていますが見通しはたっていません。
船を残すかどうか。市は今月末に結論を出すとしています。


保存について揺れる自治体。
その一方で岩手県・大船渡市に自分の会社を遺構として残そうと考える人がいます。
お菓子会社で専務を務める、齊籐賢治さん。


板谷「こちらが齊藤さんの会社というかこちらで被災された?」
齊籐さん「そうです」

屋根まで押し寄せた津波。齊藤さんは会社を当時のまま残しています。
その理由を訪ねると・・・。

齊籐さん「できれば津波の遺構として
      多くの皆さん見てもらって津波の怖さを知ってもらおうと。」

 
津波の被害にあった社屋を、いまもそのまま残している齊藤さん。

実は齊藤さんは逃げた高台から、津波の一部始終を、撮影していました。

これがその映像です。

このとき、地震発生からおよそ37分。
画面の中央にあるのが齊藤さんの会社です。


津波は堤防をこえ、齊藤さんの会社の前の道にも水がながれこんでいます。

それからわずか30秒後。齊藤さんの会社の前を、流された家が横切ります。

すごい速さで勢いを増す津波。

家屋が次々に流されていきます。
 
「何が防波堤だよ」
「何が防潮堤だよ・・」

町のなかに水か流れ込んでからわずか2分のことです。

齊藤さんはこの映像を多くの人にみてもらえるよう、
市内に「津波伝承館」を開くことをきめました。

伝承館では語り部が当時の様子も説明するといいます。

来週11日の仮オープンにむけ今は準備のまっただ中です。

映像だけではなく被災した社屋にも案内し、
被害を目にすることでその怖さを実感してもらいたいといいます。

なぜ、ここまでするのでしょうか。

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齊籐さん「ぜひ逃げて助かってほしいそういう思いをもって
      伝承館を伝えて津波の怖さを知ってもらう。
      大切なのはやはり命だと思うんですよ。
      一番の思いはあなたに助かって欲しいから、
      ということであります。


投稿者:板谷由夏