2013年04月29日

イチメン 2013年4月29日 北方領土の“そもそも”

今夜は注目される北方領土の問題を基礎から掘り起こします。


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これは、今年になって撮影された北方領土、色丹(しこたん)島の様子です。


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日本の領土であるはずの北方4島に住むロシアの人々は、
およそ1万7000人います。


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そもそも、北方領土とは、
歯舞(はぼまい)群島、
色丹(しこたん)島、
国後(くなしり)島、
択捉(えとろふ)島、
これら日本人が住んでいた4島です。

北方領土問題の始まりは1945年。
第2次世界大戦末期にさかのぼります。


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当時ロシアはソ連という国でしたが、
そのソ連と日本は「日ソ中立条約」を結んでお互いの領土を侵さない約束をしていました。

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しかし、ソ連はこの条約を無視して
日本の領土だった樺太の一部、千島列島、そして北方四島を占拠。
日本人を追い出したのです。


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その後、1951年のサンフランシスコ平和条約で日本は「千島列島」などを放棄します。
しかし、この「千島列島」に北方4島は含まれていないというのが政府の立場です。


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国交もなく、戦争状態が続いていた日本とソ連。
1956年には「日ソ共同宣言」が出され国交を回復します。


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さらに、平和条約が締結されたあとに、
「歯舞群島および色丹島を日本に引き渡す」ということで合意しました。
この時「2島の引き渡し」という話が明記されましたが、
歯舞・色丹の面積は北方領土のわずか7%にすぎません。


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さらに1960年以降ソ連は態度を硬化。
「領土問題は存在しない」とまで主張します。

この状況に、大きな変化があったのが、1993年の「東京宣言」。
ソ連崩壊後のロシアとの間で、
北方領土問題は「4島」の問題であるとはっきり位置づけたのです。

しかし、それから20年がたった現在も、ロシアとの平和条約は結ばれず
北方領土も返還にいたっていません。


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こうした中、去年3月ロシアのプーチン大統領からこんな発言が。

柔道で黒帯を持つ大統領。
日本語で「引き分け」という言葉を使い、
「日本との領土問題を最終的に解決したい」と
両国が受け入れられる解決策を模索する考えを示しました。

そして、注目の中迎えたきょうの首脳会談では、交渉を再スタートさせることで合意。
北方領土の問題が再び交渉のテーブルに乗ることになります。

投稿者:櫻井翔