8月28日 1997年 夏

20年前の8月31日、イギリスのダイアナ元皇太子妃が交通事故で亡くなった。
当時、深夜のニュース「きょうの出来事」のキャスターだった私は、
ニュースと葬儀特別番組の中継のため、急遽、ロンドンへ。
華やかさゆえ、ワイドショーで取り上げられることも多かったダイアナさんだが、
私にはあまり知識がなく、王室に関心のある友人に電話で話を聞き、
アナウンス部の後輩に手伝ってもらって、資料をかき集め、
その資料を読み終えないうちに、ロンドンまでの機中の12時間が過ぎてしまった。


ロンドンは、悲しみにくれていた。
ダイアナさんの住まいだったケンジントン宮殿前には、市民が供える花束が
山のようにうず高く積まれ、花屋さんの花が品切れになってしまいそう、と言われていた。
離婚や恋愛といった話題の一方で、自ら地雷原を歩いて地雷撤去を訴えたり、
エイズ患者と握手をして偏見と誤解を取り除いたり、貧困者施設を何度も訪問したり、
王室の一員であった影響力を駆使して、平和と共生を呼びかけたダイアナさんの姿が、
現地で話を聞くうちに、くっきりと浮かび上がってきた。
準備時間は足りないが、「民衆のプリンセス」と呼ばれた人の葬儀を、きちんと中継したい。
私にとっては、30代の締めくくりの仕事でもあった。


ケンジントン宮殿から、王宮のバッキンガム宮殿前を通って、葬儀の式場となるウェストミンスター寺院まで、当日はダイアナさんの棺と共に、ゆかりの人々も歩くという。
コースと、歩む人々と、沿道の反応...これは、ロードレース実況と同じだと思い当たった。
ロンドンの街路を、後ろ向きに歩いて下見し、テレビカメラに写るものを確認していく。
棺について歩く人々とダイアナさんのつながりを調べ、沿道の人々の悲しみを伝える言葉をさがす。マラソンや駅伝中継を手伝ったささやかな経験が、思わぬところで生きた。
スタッフも支えてくれたが、とにかく慌ただしかった。滞在中の平均睡眠時間は2,5時間。


9月6日、葬儀の日。儀式の国イギリスの人々は、粛々と葬列をすすめ、式を執り行った。
私も抑えたトーンで実況したが、棺の上に載せられた、2人の王子からの白い花輪と
Mammyと書かれたカードが大きく映し出されたときは、思わず涙声になってしまった。
厳かな葬儀を終え、午後、故郷の墓地へ向かうダイアナさんの棺を載せた車に、沿道から
自然に拍手がわき起こった。ゆっくりと走る車に沿って、拍手はどこまでも続いた...。


20年たった今も、あの、さざ波のような拍手の音を鮮やかに思い出す。
突然、心ならずも人生の幕を閉じたダイアナさんに対する、あれは人々からの賛辞、
カーテンコールだった。