10月22日 バスの中で

「おつかれのところ、すみませんが、〇分に発車します」
 
 
停留所で一時停車したバスの車内に、男性運転手のソフトな低い声が響いた。
終バスに近い、夜の路線バス。
腕組みをして、のけぞるように背もたれに寄りかかっていた中年男性や、
目を閉じて、窓に頭をもたせかけていた若い女性。
帰宅を急ぐ乗客たちの口元が、その瞬間ふっと、ほころんだ。車内の空気が温かくなった。
 
 
何気ない言葉だが、優しく柔らかな口調。
マニュアルではなく、運転手さん自身の気持ちからこぼれ出たと思われる、自然なひと言だった。
その後しばし、十数人の乗客はゆったりと、同じリズムで、バスに揺られていた。
 
 
バスの時間は、交通事情に大きく左右される。
遅れることが多いが、早朝や夜は、予定より早く停留所に着くことも。
調整のため、1~2分停車する必要があるのだが、先を急ぐ乗客にはそのわずかな時間がもどかしい。
一時停車のおことわりを言う運転手さんは、みな苦心していることだろう。
 
 
世の中は、ますます賑やかで饒舌になっていく。
あふれる話し言葉は、浪費され、後に残らず、言葉の力が弱まっているのではないかと、不安と焦燥感を覚える。
しかし、さりげなく添えられたひと言が、マッチ一本以上の輝きを持つ時も、確かにあるのだ。
言葉の専門家ではない人々が、そのことを気づかせてくれる。