5月21日 フィルム番組

私が駆け出しアナウンサーだった1980年代前半には、
フィルムで撮影するテレビ番組が、まだいくつかあった。
 
リポートするときは、喋り出す前にカメラにマイクを見せて、トン!とたたく。
編集の際、映像と音声を合わせる目印にするのだ。
映画の「カチンコ」の簡略版である。
 
1本のフィルムは、数分間しか撮影できない。
撮り終わると、カメラマンが黒い布袋にカメラごと入れて、フィルム交換をする。
「ひょっとして写っていなかったら、どこかで光が入ったら、と思うと...。現像が上がってくるまでは、怖いよ」
手探りでフィルムを入れ替えながら、ベテランのカメラマンが呟いていた。
モニターの画面を見ながら構図を決め、
撮影直後に映像を確認することもできる現在のビデオ撮影番組には、このような不安はない。
 
ナレーターとして参加したフィルム番組は、港町の名所を紹介する週1回のミニ番組。
正味3分という短いものだったが、
フィルム番組は、MA(マルチオーディオ)、すなわち、音声と映像を合わせる編集作業を、一気に通して行う。
音楽はレコード(ああ懐かしい!皆、「お皿」と呼んでいた)をかけ、
番組ディレクターのキュー(合図)で、アナウンサーがナレーション原稿を読む。
 
誰かがミスをすると、全員で初めからやり直し。
2分40秒あたりから、緊張が高まってくる。
「あとひと言で終わり」などと思うと、余計にドキドキ...。
 
読みはトチらなかったのに、足が妙に動いて、原稿を置いた卓の脚を蹴ってしまい、
「井田さん!"ボコッ"という音が入りました。とり直し」と、
ディレクターに言われたときの、身の置き所のなさ、情けなさ。
あの3分は、長かった...。
読み間違えた箇所だけ録音し直し、後からナレーションの位置をずらすことも可能な現在のMAでは、
こんな息詰まる思いをすることはない。
 
携帯電話の普及と進化で、いつでもどこでも手軽に撮影が出来るようになった。
一般の人が遭遇した貴重な記録も残るが、
一枚一枚のスナップ写真や動画は、以前ほど大切にされなくなっているのではないだろうか。
手間がかかって、不便で、もどかしい、フィルム番組。
今、思い返すと、味わい深い。
 

(※写真は当時使用していた機材ではありません。)