2月14日 背後のまなざし

私がインタビュアーをつとめた美術番組「美の世界」は、
3人のディレクターが交代で担当していたが、構成台本のつくり方は三人三様、
全く違っていた。


まるでドラマの脚本のように、私の質問と相手の芸術家の答えを、細かく、
丹念に書き込むディレクター。
もちろん、実際のインタビューはその通りにはいかない。それでも、
「この芸術家からこんな答えを引き出したいのだ!」という意図は強く伝わってきた。


質問してほしい項目を列挙し、箇条書きにした台本をくれるディレクター。
どの番組でもアナウンサーは、自分で質問メモをつくってインタビューの現場に臨むから、
箇条書きは、インタビュアーの感覚に一番寄り添った形といえる。
ただ、どの質問を大切に考えているか、ディレクターとの意思疎通を図っておかないと、
健康診断の問診のように、すべてを網羅したけれど、印象に残る山場がなかった、
ということになりかねない。


毎回ではないが、時折「これが台本?」という不思議なメモをつくるディレクターもいた。
『最近、私が考えていること~妄想』などと題して、
相手の芸術家や作品にはあまり関係のないことが綴られている。
時代は今、どのようにうねり、世界はどこへ向かおうとしているのか、人がその中で生きるとは...
哲学的な文面に、日常的なつぶやきも含まれている。


このディレクターは撮影現場でも自然体、というのだろうか、飄々としていた。
アトリエで画家の制作の様子を撮影しながら、
「そろそろ、あなた、聞きたいね?」と私に水を向ける。それを合図にインタビュー。
質問は私任せ。カメラワークもカメラマンの裁量。


ある時、そのディレクターが体調を崩し、撮影に立ち会えなくなった。
いつも殆ど口を出さない人だから、何とかなるだろう、と技術スタッフと私だけで
インタビューをしたのだが...勝手がまるで違う。心細くて仕方がない。
背後で見守り、時にうなずいたり、声を立てずにふっと笑ったりするディレクターの存在が、
どんなに大きなものだったか、思い知らされた。
自分で考え、質問していたつもりの私は、お釈迦様の掌の上の孫悟空だった。


萩本欽一さんが、コント番組であれほど自由に飛び跳ね、アドリブをきかせながら、
舞台袖のディレクターに、「あなたがここで見ていてくれることが大事なんだからね」と
話していたという。
大御所も、背後のまなざしを感じ、よすがとして、演じているのだ。
テレビの仕事は、一人ではできない。