8月20日 便利な言葉を封印することで

「『とても印象的でした』と、リポートを締めくくるのは、雑だ!センスがない!」
と、新人の頃、先輩アナウンサーから厳しく言われた。


「そう語る〇〇さんの表情が、とても印象的でした」
「日射しに輝くヒマワリの花が、とても印象的でした」
「ひとり残って練習を続ける新人。か細いクラリネットの音色が印象的でした」


幅広く使える、便利で重宝な言葉である。しかし、その先輩は、
「アナウンサーなら、何が、どうして、どのように心に響いたのかを、
『印象的』という言葉を使わずに、伝えてみろ!
『とても印象的でした』なんて、すぐ言う奴は、俺はプロとは認めない!」
別に、先輩に認められなくてもいいです、とは言えず...「印象的」は、
ある意味、NGワードとして、わが心に刻まれてしまった。
ナレーション原稿に書かれていても、
「もう少し、言葉を補いませんか。どのように印象的なんですか?」
などと、尋ねてしまう。


「あなたにとって、○○とは何か?」
という質問に怒る、作家のエッセイを読んだことがある。
あなたにとって、文学とは何ですか?
あなたにとって、豊かさとは何ですか?
インタビューの締めくくりに、極めて使い勝手の良い言葉。
しかし、あまり理解しているとも思えない聞き手から安易に発せられたら、
これは、腹立たしいことだろう。
機が熟したな、と思える展開になるまでは、この質問の封印を解いてはいけない。


八方つゆ、と呼ばれる調味料がある。
酒、みりん、しょうゆを、昆布とかつおの出汁で割ったもの。
和食における万能選手。煮物も麺類も丼物も、これを使えば、それらしく仕上がる。
「印象的」や「あなたにとって○○とは?」は、言葉の"八方つゆ"のようなもの。
プロならば、既製の言葉に頼らず、自分なりの表現で仕上げる工夫をしてごらん、
と、遠い昔、先輩アナは指導してくれたのである。