4月17日 木と色とエスプリ

美しいものだけを描く、というパリの画家がいた。
パステルカラーをふんだんに使い、春の花や、夢のような情景を描く。
「なぜ、このようなモチーフ(題材)と色を選ぶのですか?」と聞いてみた。
初老の彼の返答は、
「人生は苦しいこと、辛いことばかりだから、しばし、それを忘れるために絵があると私は思う」


かつて美術番組の取材で出張したフランスでは、いくつもの出会いがあった。
中部のシェール県、キュランという村に住む、モーリス・エステーヴさんも忘れられない一人。
「ル・クプル」というタイトルで、寄り添う二人の人物を抽象的な造形と多彩な色で構成する。
1904年生まれ。お目にかかったとき86歳。番組の撮影初日の場所は、近所の幼稚園だった。半年にわたって、エステーヴさんがおこなってきた"特別授業"の集大成として、園児たちが劇を見せてくれるという。


はじめに、緑の画用紙で作った、もみの木のような形のかぶり物を頭に載せた男の子が、舞台に登場し、セリフを言う。「私は木です」と言っているのかな?
続いて、園児たちが自ら描いた、とりどりの絵を、体に巻いたり、手に持ったりして、一生懸命、喋ったり、歩いたり、ポーズを取ったりする。
そのたびにエステーヴさんは身を乗り出し、「ほう、ほう」と嬉しそうに笑い、拍手をする。
みずみずしく、不思議なひとときだった。


劇の終了後、エステーヴさんに尋ねた。
「子どもたちに、どのようなことを教えてこられたのですか?」
老画家はニッコリとして答えた。
「テーマは、『木と色とエスプリ』だよ」
え?幼稚園児に?エスプリって...私にもよく分からない。
「自然の形と色、加えて、エスプリはとても大切なものだから、幼い時から身につけてもらいたい、と思っている。いや、しかし今日、私はむしろ園児から教えられたよ。私の芸術にとっての刺激や新たな発見がいくつもあった!」
86歳の画家の、あの時の目の輝き。今思い出しても心が温かく、そして何だか愉快になる。


木と色とエスプリ...。
エステーヴさんはその後も意欲的に制作を重ね、21世紀の初めの年に、97年の芸術家人生を全うした。