6月13日 私も教えていただいた

ミスターとよばれた長嶋茂雄さんの訃報に、多くの人が、深い寂しさを感じつつ、笑顔で思い出を語っていた。

 

私が長嶋さんにお目にかかったのは、1988年夏。ソウルオリンピックの番組で、長嶋さんはメインパーソナリティー、私は現地リポーターだった。

気さくで温かいお人柄は、皆さんが語る通りで、楽しい時間であったが、一番強く印象に残っているのは、番組のためのPRスポットを収録した時のこと。

 

「まもなく開幕!‘88ソウルオリンピック。感動と興奮!私たちがお伝えします」

というようなコメントを、長嶋さんとメインキャスター、私の3人で順に述べ、最後の「私たちがお伝えします」は、3人で声をそろえて締めくくる、という段取りであったと思う。

この短いPRスポットを撮るのに、思いのほか、時間がかかった。というのは、長嶋さんのコメントが、撮るたびに少しずつ違い、「私たちがお伝えします」も、言葉やタイミングがバラバラになってしまって、うまくそろわない。

10回近く、本番を撮り直したような気がする。その度に、「あ、ごめんなさい、ごめんなさい!」と長嶋さん。申しわけなさそうに、スタッフや私たちに謝ってくれる。

丁寧で優しい物腰に感動しつつも、「こんな短いコメントを、どうして覚えないんだろう?」と私は、いぶかしく思っていた。大物の尊大さなど微塵もなく、毎回一生懸命なのに、間違えてしまう…。

やっと「OK!」が出た時の、スタジオの明るさ、長嶋さんのお茶目な笑顔は忘れがたいが、ずいぶん後になってから、「あっ!」と気づいた。

あの時、長嶋さんの体と心が、『覚える』ことを拒否していたのだ!

 

覚えたことを言うとき、人はどうしても、記憶した言葉をなぞってしまう。

用意された原稿を読み上げるのと同じで、新鮮さや感動は薄れる。

いつも「これが最初だ!何が起きるか分からない」という状況に身をおいてこそ、話し手も聞き手も、ワクワク、ドキドキ、躍動感あふれる瞬間が生まれる、ということを、長嶋さんは、身をもって示していたのだ。

 

言葉の鮮度を大切にすることは、表現と伝達の基本。

長嶋茂雄さんに、私も教えていただいた一人です。

ありがとうございました。