6月9日 9時10分前

初めて家庭用のデジタル時計を見たのは、小学6年生の時だったと思う。

友だちの家に遊びに行ったら、数字が3つ並んだ、横長の四角い時計が、タンスの上に置かれていた。その時計を見た瞬間、頭の中が、ぐるんと回転したような気がしたのを、今も覚えている。アナログからデジタルへの変換に、私の小さな脳がびっくりしたのかもしれない。当時、わが家の時計はすべて長針と短針のアナログ時計。祖父母の古い家で茶の間に掛かっていたのは、年代物の、振り子の柱時計であった。ボーン、ボーンと、まろやかな音が懐かしい…。

 

その後、デジタル時計はどんどん普及したけれど、あの時の感覚が尾を引いて、アナログとデジタルは違う、とずっと感じていた。デジタル時計は、数字がそのまま時刻表示なのだから、針の角度で読み取るアナログ時計より簡単なはずなのに、なじむのに時間がかかった。今も、うちの時計は、デジタル1つに、アナログが3つ。腕時計は2本とも、丸い文字盤に長針短針である。新しいものに順応するのが遅いのは、子どもの頃から変わらぬ私の気質なのかもしれない。

 

先日聞いた話だが、ある専門学校の先生が、校外での研修の際、学生たちに「集合は910分前」と告げたら、15分ほど遅刻してきた学生が何人もいた。「どうしたんだ!」と叱ったら、「でも先生、まだ9時6分ですよ」という答えが返ってきたという。

今の時代、「910分前」は、850分ではなく、「910分よりも少し前の時刻」と考える若者が出てきた、ということらしい…?!

長針短針ではなく、数字が並んだデジタル時計に囲まれて育ってきたせいではないか、と私は勘ぐっている。

910分前」は、「910分の、少し前」ではなく、「9時の、10分前」のことなんだよ、と念を押さなければ、集合時刻も正しく伝わらないなんて…。

数字が表すものを受け止める人間の感覚が、時代とともに、世代により、違ってくるとしたら、テレビは、どのように発信していけばいいのだろうか?