8月23日 アナウンサー、っぽくない、読み方

日テレアナウンス部の自主トレのひとつに、「ナレーション勉強会」がある。

開催は不定期。ナレーション好きが集まって、放送で読んだ原稿や、好きな小説・エッセイを持ち寄り、各自が音読する。ああでもない、こうでもない、ああすれば、こうすれば、とお互いに読み方の工夫を考えたり、現在の自分のナレーションに課題や悩みを抱える若手に、中堅・ベテランがアドバイスをしたり…多彩な試行錯誤を楽しんでいる。

 

参加メンバーの中で一番の古株である私の役目は、壁に突き当たっている若手に、「分かる分かる、私もそうだった」と、かつて来た道を振り返り、役立つ提案をすること、だと思っているのだが、最近しばしば、「どうアドバイスすればいいんだろう?」と困ってしまう相談がある。

「ディレクターから、『アナウンサーっぽくない読み方でやってほしい』と言われたんです」

これが、一人や二人ではない。

昨今、番組の制作現場では、アナウンサーに発注しながら、アナウンサーらしからぬ声とナレーションを期待している、というケースがどんどん増えているようなのである。

 

かつて、アナウンサーのナレーションといえば、ドキュメンタリーや、ニュースの特集、教養番組が中心で、端正であること、落ち着き、信頼感が求められた。コミカルなものでも、スポーツ実況のリズム感を生かして、楽しさを高める役割だったと思う。

今、バラエティー番組のナレーターにアナウンサーが起用される機会が増えてきたことは、表現と仕事の幅を広げるチャンス!と歓迎しているのだが、番組制作者の考える「アナウンサーっぽくない読み方」とは、一体、どういうものを指し、アナウンサーは、何を求められているのか?

これができなくてはアナウンサーとは言えない、という専門職としての必要条件、必修科目は何か? 一方で選択科目~これもアナウンサーの仕事、という範囲は、どこまで自由に広がっていくのか?

 

若手アナウンサーを悩ませる、若手ディレクターの注文を、問いとしては面白いなァ、と古株は感じつつ、この夏のナレーション勉強会でも、「それなら、こんな感じでやってみたら?」と、思いつく限りの「アナウンサーっぽくない読み方」のアイディアを出し合い、参加者全員で、あれこれ試してみたのでありました…。