3月末、新橋駅前の都バスの停留所で、高齢のご夫婦が時刻表を見ながら、戸惑っていた。
4月からの改定を控えて、新旧の時刻表が、2枚のパネルになって、重ねて掲示されている。
「どっちが今日のだろう?」と、首を傾げる夫婦。
私も覗き込んでみたが、日付の表示が小さくて、老眼鏡をかけないと判別できない。どうして、掲げるにあたって、区別をはっきりさせないのか。不親切だなぁ、と私が腹を立てているうちに、眼鏡をかけていた夫婦は新旧を判別したのだが、旧、すなわちその日の時刻表では、あと20分ほど待たなくてはならないことが分かった。
「どうしよう?どこかで、茶でも飲んで待つか?」と夫。
行き先を尋ねたら、地下鉄でも行ける場所だったので、「あそこに入口がありますよ」と私が言うと、「ええ…でも、階段は足がつらくて」と妻。
そうなのだ。下りのエスカレーターは数が少なく、エレベーターは、たいてい遠回りさせられる所に設置され、高齢者も、足の不自由な人も、ベビーカーを押す人も、日々、不便を感じている。街や公共交通の設備の随所に、不親切だなぁ、と感じるものがある。
それでも、この高齢ご夫婦のように、あきらめたような微笑をたたえて、我慢している人は多いのであろう。
私も還暦を過ぎてから、若い頃には想像できなかった身体の変化や不調を、実感として受け止めざるを得なくなった。1本のエスカレーターがあることの有難さ。こういうことだったのか…。「不親切だなぁ」と批判されるべき輩は、かつての私自身である。
同輩諸氏、60代後半とはいえ、まだまだ元気もある私たちが、率先して声を上げ、世の中の「不親切だなぁ」を減らす力になっていきましょう。せめてもの罪滅ぼし、そして10年後、20年後の自らの利便のために。…あ、やっぱり私は利己的か。
