2月1日 名文句と名調子

もう30年ほど前のこと。箱根駅伝が迫った、年末のある日。5区の中継拠点、小涌園での実況デビューを控えて緊張する若手アナに、経験豊かなスポーツアナが、ゆったりした口調で、アドバイスをしていた。

「大丈夫だよ。たとえば、○○大の3年生ランナーが走って来たとする。『○○大学の3年生、来年は4年生です!』と言っていれば、選手は通り過ぎていくんだ」

リラックスさせてやろうという心遣いなのだろうが、若手にしてみれば、「そう言われても、そんな情報も情感も足りない実況をしたら、今度は叱られるじゃないか」と思ったのではないか。しかし、傍で聞いていた私は、ベテランの“見本実況”に、ひそかに舌を巻いた。

「○○大学の3年生、来年は4年生です!」

この何でもないひと言が、ちょいと聞き惚れるような、名調子だったのだ。

 

スポーツ実況は、ジャズの即興演奏のようなものだと思う。

見て、感じて、その瞬間に「これだ!」と思った言葉を声にする。アドリブの連続を支えるものは、センスと知識とキャリア。

言葉に対する感性や反射神経を研ぎ澄まして、センスを磨く。競技を学び、コースを歩き、選手に取材し、沿道の風物やエピソードを調べて、知識を増やす。

そして、キャリア。スポーツ実況の経験は極めて乏しい私だが、古株ゆえか、「語彙を豊かにするには、どんな本を読んだらいいですか?」と後輩のスポーツアナから問われることもある。実況担当のアナウンサーは、語り継がれる「名文句」を、いつも探し求めている。

 

一方で、何気ない言葉が、話し手によって、魅力的に響くことがある。

豊かな声と表現力、心を込めた実況が、時に、平凡な言葉をふくらませ、輝かせ、聞く人の心を揺らす。文字のメディアでは表現することが難しい「名調子」は、音声メディアにたずさわる者の醍醐味であろう。

 

名文句と名調子は、実況という車を支える両輪。

ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピックが、まもなく始まる。

苦しい鍛錬を積み重ねてきた選手たちの躍動が、どのような言葉と声で彩られるのか、楽しみだ。