11月2日 田邊 研一郎

「スポーツよりも大事なもの」


9月のある朝。朝食をとった後、前日のニュースをチェックしているときに
ある記事が目に飛び込んできた。
「全盲のロングスナッパー 全米が感動に包まれる」
すぐに検索し5分ほどの映像を見ながら涙が止まらなかった。


「パパどうして泣いているの?」もうすぐ5歳の息子が不思議そうな顔で覗き込む。


「アメリカという国で、目の見えないスポーツ選手が頑張って練習して、ついに試合に出たんだよ。
だからお父さんは感動して泣いているんだ」と説明した。

それはアメリカの大学フットボールで起きた感動的な出来事だった。


南カリフォルニア大でロングスナッパーというポジションを務めているジェイク・オルソン選手は、
非常に珍しい目の癌を患い、12歳までに両方の眼を失うことになる。
最後に何か見たいものはある?という家族の問いかけにオルソン少年は
大好きな南カリフォルニア大学のアメリカンフットボールの練習を見たいと答えた。
その光景を目に焼き付け、視力を失ったあとも練習と勉強を重ね、
なんと彼は南カリフォルニア大学に入学しアメリカンフットボール部の門を叩く。


そして、2年生となった今季の開幕戦9月2日。
第4Q。残り3分11秒。南カリフォルニア大のクレイ・ヘルトン監督が
背番号61のロングスナッパー、ジェイク・オルソン選手に声をかけフィールドに送り込む。
ポイント・アフター・タッチダウンというタッチダウンを奪った後に
キックで加点するシチュエーションでキッカーにスナップするのが彼の役割だ。


通常ならディフェンスのラインマンがプレッシャーをかける場面だが、
敵チームの監督は「いいか、彼(オルソン)に触れるんじゃない!
君らは今、フットボールよりもはるかに大事なことをやろうとしているんだ」と指示したという。


審判がボールの位置を声に出して伝え、6万人を超えるファンも固唾を飲んで見守る。
フィールドにいた全員がオルソン選手のスナップを支えた。
オルソン選手のスナップは見事に決まり南カリフォルニア大に1点が追加された。


試合後オルソン選手はこう言った。
「神様がいかに物事を可能にしてくれるか。それが見えない人こそが、盲目だと思います」


私たちスポーツアナウンサーはスポーツを伝えるのが仕事だ。
ただ、時に訪れるスポーツよりも大事なものをきちんと伝えられるように
心を磨かなくては。


写真「ロンドン五輪 自転車競技 実況 放送席から」