7月6日 菅谷大介

1997年4月に入社して29年目。

これまで、たくさんの仕事に携わってきましたが、

その中で、最初のレギュラー番組は、

97年7月から担当した「スーパーJOCKEY」です。

今、この名前を言うと、競馬番組ですか?

と聞かれることもあるのですが、

日曜午後1時から放送されていたバラエティ番組。

「熱湯コマーシャル」でも有名な番組で、

私は、そのコーナーで「熱湯クエスチョン」という、

ゲストが答えづらい質問をする声を担当していました。

 

当時、入社1年目。

報道志望で入ってきたのに、

とんでもない番組についてしまった…、

と思いつつ、

担当し始めたころは、報道志望らしく、まじめに硬く、

その、ちょっとエッチな質問をしていました。

 

すると、当時の番組の演出の方から、

「ちょっと、色を付けて読んでくれるかなあ」

という注文が…。

 

試行錯誤を重ねて、思い切って、

自分なりに色を付けた読み方は、

のちに、

スタジオで、ジャガー横田さんからドロップキックを受けることになり、

熱湯風呂に年6回も入ることになり、

熱湯クエスチョンのCDをだすことになり、

と、様々な仕事につながっていきました。

 

つい最近も、

「シューイチ」の「今昔NEWSイッチ」コーナーで

「アナウンサー体張り史」というテーマのもと、

当時の映像がOAされたのですが、

私のアナウンサーとしての原点はここにあります。

 

アナウンサー30年まであと少し。

その時には、どんな仕事をしているのか、

ひとつひとつの仕事を大事にしながら、

その時を迎えたいと思います。

(写真は入社当初の私です。。。)