スペシャル

「ボテロ展」をふくよかに味わう10の魔法
2022.06.03
8. 故郷コロンビアに愛され、コロンビアを誰よりも愛したアーティスト

こんにちは! いよいよ展覧会も後半戦に入りましたね。このコラムでは、これまで様々な角度からボテロ作品の魅力をお伝えしてきましたが、今回は、ボテロさんの生まれ故郷「コロンビア」とボテロさんのアーティスト活動について、少しご紹介したいと思います。

ボテロさんの故郷は、首都ボゴタから約400km北西に行ったコロンビア第二の都市・メデジンです。標高1500mの高地にあるので、ほぼ赤道直下なのにそこまで暑くなりません。一年を通して、日本の初夏くらいの気温が保たれています。 

メデジン市内の様子。伝統的なコロニアル調の街並みに、メトロや高層ビルなど現代的な要素が程よく調和しています。

日本とは14時間の時差があると聞くと、かなり遠いところにあるんだな…と感じられますが、コロンビアと日本は、現在、経済連携協定(EPA)の締結に向けて交渉中。これからは、もっと身近な国になっていくはずです。本展の開催も、両国の絆を深める大きなステップになりそうですね。

さて、ボテロさんは「世界でNo.1の画家になりたい」と志して、早くから国外へと出て、アメリカやヨーロッパで制作活動を行ってきました。まさに有言実行。今では誰もが認める世界的な巨匠へと上り詰めました。

そんなボテロさんは、祖国コロンビアでは伝説的な英雄です。メデジンの街中では、様々な場所にボテロさんの野外彫刻が設置され、「ボテロ通り」「ボテロ広場」等々、その名前を冠した場所がいくつもあります。2000年には、その集大成として「ボテロ美術館」も誕生しました。

ボテロ広場。ボテロさんの彫刻作品が多数展示され、観光名所にもなっています。
ボテロ美術館の館内。開館にあたって、ボテロさんは、自身の作品123点と、所蔵する85点もの西洋美術コレクションを一括寄付しました。

こうして地元から愛される一方で、ボテロさんがコロンビアに捧げる祖国愛も並々ならないものがあります。自ら“最もコロンビア人らしいコロンビア出身アーティスト”であることを自認するだけあって、制作拠点を国外に移した後も、少なくとも年に1度はコロンビアへと帰省するようにしていました。同時代のコロンビアを肌で感じながら、良いところも悪いところも自らの絵筆で“ふくよか”に表現し続けてきたのです。

では、そんなコロンビアを、ボテロさんはどのように考えているのでしょうか。少し前の海外でのインタビューで興味深い証言をしています。

“コロンビアには2つの顔があります。一つは喜びや幸せ、祝祭、ダンス、音楽など。もう一つは暴力です。私は、人生の中で、このコロンビアの持つ2つの側面を(芸術を通して)表現しなければならない、という気持ちでいました。 ”

風光明媚な自然やカラフルな街並み、ラテン系の気質を受け継ぎ、楽観的で陽気な人々など、コロンビアには良いところがいっぱいあります。とりわけコロンビア人はダンスが得意。ビビッドな民族衣装に身を包み、街中で華麗にステップを踏む姿は、ボテロさんもたびたび絵のテーマとして取り上げています。
 

《踊る人たち》 2002年 パステル/紙 142 x 118 cm
《踊る人たち》 2019年 鉛筆、水彩/カンヴァス 133 x 100 cm

一方、コロンビアの20世紀は度重なる「暴力」の歴史でもありました。独裁政権による圧政と弾圧、政治腐敗の果てに国内は分裂。長らく内戦に苦しみ、さらに巨大麻薬カルテルとの戦いが1990年代まで続いて来たのです。

特に、ボテロさんの故郷メデジンは、Netflixの人気ドラマシリーズ「Narcos(ナルコス)」でも描かれた悪名高い麻薬王パブロ・エスコバルが育った場所でもありました。1993年冬、エスコバルはコロンビアの特殊作戦部隊との銃撃戦の末、メデジンの民家の屋根の上で撃ち殺されます。

「芸術には現実を変える力はないのかもしれない。でも、こうした出来事を描くことで、暴力の恐怖や不条理、不当さを人々の記憶に刻みつけることはできるんだ。」と繰り返し語っているボテロさんは、この時の銃撃戦のシーンも、独特のユーモアと風刺精神に包み込みつつもしっかり描いています。(※本展では出品されていません)

本展出品作でも、こうしたコロンビアでの混乱した社会情勢、暴力への批判精神を象徴的に描いた作品がいくつかあります。

《バルコニーから落ちる女》 1994年 パステル/紙 102 x 71 cm
バルコニーから女性が身投げする一瞬を描いた作品。落ちているのに悲壮感はなく、まるで宙に浮かんでいるような雰囲気も漂っています。

《コロンビアの聖母》 1992年 油彩/カンヴァス 230 x 192 cm
涙を流しながら、コロンビアが経験してきた苦難の歴史を見守ってきた聖母像。片腕に抱かれる少年は、小さなコロンビアの三色旗を持っています。

 

また、1995年にメデジンで起きたテロ攻撃では、数十名が亡くなり、サン・アントニオ広場に置かれていたボテロさんの鳥の彫刻が破壊されました。ボテロさんはこの時、平和への祈りと犠牲者への哀悼を込めて、破壊された鳥の彫刻の真横へ、平和の象徴として鳩の彫刻同じ彫刻をもう一つ寄贈したのです。

サン・アントニオ広場に仲良く並ぶ、2体の小鳥像。メデジン市民にとって、平和への祈りを象徴する新たなモニュメントとなりました。

ピカソが傑作《ゲルニカ》を描き、祖国スペインで起こった内戦の惨状が後世の人々の記憶に刻まれたように、ボテロさんが祖国をテーマとして描いた様々な作品も、コロンビアの20世紀を証言する一級品の歴史資料として、残り続けるに違いありません。

ぜひ、展覧会ではボテロさんの祖国愛も感じながら、コロンビアの様々な側面が描かれた作品を味わっていただければ嬉しいです。
 

齋藤 久嗣(さいとう・ひさつぐ)

フリーライター。1975年生まれ。IT企業のエンジニア、営業などを経て、41歳のときに「かるび」の名前でブロガーとして脱サラし、その後ライターに。現在は、アート分野を中心に各種メディアでの記事執筆や編集業務、アート系イベントでの広報業務など幅広く活動中。共著に21年『名画BEST100』(永岡書店)など。
Twitter: @karub_imalive

ボテロ展 ふくよかな魔法
BOTERO – MAGIC IN FULL FORM
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム(渋谷・東急百貨店本店横)
会期:2022年4月29日(金・祝)〜7月3 日(日)