2014年6月15日 放送内容DASH海岸 ~多摩川 アユ~

春が訪れた東京湾の工業地帯一角にあるDASH海岸。
この日、城島と海の専門家の木村さんが訪れたのは、多摩川。
東京都狛江市の二子玉川付近で、ある最大級の魚が産卵しているという。
多摩川の生き物を増やすために日々活動している竹本さんに、
10年間観察し続けている場所へ案内して頂くと、
城島「背ビレが見えてる!」
それは、体長60cm程の多摩川最大級の魚、マルタウグイの群れ。
マルタウグイは、東京湾の浅瀬などに生息し、春になると、
産卵のために群れになって川を上り、石の裏に卵を産みつける。
城島「海から川を上って来てるんですよね」
昭和30年代、生活排水などにより生き物が住めなくなってしまった多摩川。
そこに、こうして魚が再び姿を現したという事は…
竹本さん「キレイになったから多摩川の風物詩が戻って来た。再生の証です」
マルタウグイが産卵を終えた後、石の裏を見てみると、直径2㎜程の卵が。
城島「これが卵ですか。こんなに小さいんですか」
1匹あたり1万個以上を産卵するが生き残るのはほんの一部。その理由は、
竹本さん「コイがたくさんいる」
雑食性で、砂利ごと吸い込んで器用に卵だけを食べるコイの仲間・ニゴイなど、
マルタウグイの卵を食べてしまう。
城島「いろんな意味で大変ですね、川の中は…」
そんな過酷な川で生き延びてほしいと願うのが、
冬にDASH海岸に姿を現したアユの赤ちゃん。
春になると海から川を上るアユは、キレイな川を好むため、
清流の女王と呼ばれる。かつては多摩川のアユは徳川将軍も愛した名物だったが、
いつしか汚染のため、その姿は見られなくなってしまった。
そんな多摩川で、DASH海岸育ちのアユは元気に暮らしているのか?
そして、5月上旬。城島と達也がやって来たのは、田園調布近く。
まず訪ねたのは、30年に渡り、江戸前アユの復活に人生をささげている、
東京都島しょ農林水産総合センターの方々。
産卵場を作ったり、外来魚調査などを行っている。
早速、案内して頂いたのは、1日1回調べているという仕掛け。
それは、東京湾から上って来るアユをいったん捕獲する定置網。
網を上げてみると、たくさんのたくさんのアユがかかっていた。
DASH海岸にいたアユは約1.5cm程だったが、ここでの体長は約5cm。
達也「あの細かったアユが、こんなに大きくなるんだね」
そして、この場所を通過した目印として、無くても泳ぎに支障が出ないアブラビレを
1匹ずつ切り取り、放流する。
後日、追跡調査することで、アユにとって多摩川が上りやすく暮らしやすい川なのか
を知るための貴重なデータを得ることができる。
安斎さん「上流でヒレを切ったアユがいると感動します」
アブラビレを切り取る作業中に姿を現したのは、高級食材の上海ガニの仲間である、
モクズガニ。
このモクズガニも、アユと同じく、春になると川を上る。
さらに、網にかかっていたのは、外来魚のブルーギル。
モクズガニやアユの赤ちゃんを食べてしまう肉食魚で繁殖力が強い。
定置網に入ったアユの赤ちゃんを狙って網にかかったと思われる。
安斎さん「多摩川にいてはいけない魚なんだよな…」
アユにとっての天敵は、これらの肉食魚だけではない。
5月中旬、東京では2日間に渡って降り続いた大雨。
多摩川の水量も増加し、濁流となった。
この濁流こそが、川を上るアユにとって大敵となる。
大雨から5日後、再び竹本さんの案内でやって来たのは、二子玉川。
川辺を歩いていると、大雨による増水でできた水たまりが。
竹本さん「この中に魚が取り残されていることが多いんです」
その水たまりを網でさらってみると、マルタウグイの赤ちゃんが。
それは、1カ月前、目にしていた直径2㎜のマルタウグイの卵からかえって成長したもの。
もし、このまま水たまりに取り残されたままだと、
竹本さん「干上がってしまうか、鳥に食べられるか」
城島「生態的にいうと、これも自然の淘汰かもしれないけど、
人として川にかえしていいですか?」
取り残されてしまったマルタウグイの赤ちゃんを川にかえし、その成長を願う。
アユの赤ちゃんたちは、あの大増水を無事に乗り越えられたのか?
その3日後、東京都島しょ農林水産総合センターの安斎さんから連絡が!
やって来たのは、海から45km離れた八王子市。
大雨による増水の中でも、アユ達はたくましく川を上っていたが、そこから先に、
アユ達に壁が立ちはだかっていた。
達也「これは上れないわ。これは無理だな…」
それは、上流側に水を貯めて、田んぼに水を送るための段差。
生長しきっていないアユは上ることができず、そのアユを鳥たちが狙って食べられてしまう。
この問題を解決するために、安斎さんたちが取り組んでいるのが、
アユのための簡易的な魚道作り。
東京都や地元農協などが協力し合って、土嚢340個を積み上げたもので、
低予算で自然にも優しい。
速い水の流れに逆らって泳ぐアユの習性をうまく利用し、
あえて激しい流れを作り出すように工夫されて組んである。
その途中には、アユの体力を配慮し、休憩できるスペースを確保し、
一休みしたアユ達は、一気に最後の段差を乗り越えることができる。
段差を乗り越えた先には、定置網を設置し、上って来たアユをいったん捕獲。
網には、およそ100匹程のアユの姿が。
木村さん「完全にアユって分かるアユですね」
体長12cm程に成長した若アユ。その中に、
達也「ない奴がいた!」
それは、1カ月前に、田園調布付近でアブラセビレを切り取ったアユのこと。
つまり、安斎さん達がアブラビレを切り取り、放流したアユ達が、30km上って、
ここまで上って来たという証し。
そして、ここまで上って来たアユはさらに上流を目指す。
20km先の青梅市辺りまでやって来ると、そこで川底の苔などを食べて大人に
成長するが、その途中に待つのが、アユにとっては天敵となるウナギ。
そのウナギを、専門的に捕っているのが、漁師の田辺さん。
昼間、目が見えないウナギを、竹の棒の先につけたエサの匂いでおびき寄せ、
針にかけて捕まえる『穴釣り』と呼ばれる伝統漁法でウナギを捕まえていた。
同じくウナギ漁師の神崎さんにやり方を教わり、実践!
まず、木村さんのおつまみのスルメでアメリカザリガニを捕まえ、さらに、
そのアメリカザリガニをエサに、ウナギを狙う。
ウナギが潜んでいるのは、上流から水が流れ込む石の隙間。
そこに、流れが来る方向に顔を向けて、エサを待ち構えているという。
達也は木や石などが折り重なった場所、城島は石積みの周辺に狙いを定める。
城島「あれ?なんかおる?」
と、思った矢先、姿を現したのは、巨大なナマズ!
川のアンコウとも呼ばれ、多摩川の高級魚のナマズもアユを食べる肉食魚。
これには、ウナギ漁師の小林さんも、
小林さん「でも釣れたんだから大したもんだ。感心した」
続けて、達也が白い影を発見!そして、
達也「来た!」
念願のウナギの姿を捉えた!
いままでサメを手づかみし、ヘビも手でつかんだこともある達也だったが、
達也「気持ち悪い!誰か!デカいよ!」
ウナギは苦手な様子で一人パニックに。
城島の手助けもあり、なんとか水槽に移すことができた。
捕まえたのは、60cm程の多摩川の天然ウナギ。
丸々と太った大物に、木村さんもウナギ漁師さん達も驚きの表情。
木村さん「よっぽどいいエサ食べてるんだな」
神崎さん「多摩川のウナギは日本一美味しいよ」
そんな多摩川の恵みを、漁師さん直伝の美味しい食べ方で頂く。
まずは、捌きやすいように、氷漬けにし、仮死状態に。その捌き方は、
木村さん「背開きですね」
ウナギは、関西では腹開き、関東では背開きと捌き方にも違いがある。
関東では、武士の切腹を連想させることから背開きが一般的。
捌いたら、串にさし、余分な脂を落として焼く白焼きに。
さらに、身をふっくらとさせるために、蒸す。
一方、捌いた後に出た背骨をこんがりと焼いて、醤油、みりん、
砂糖で作ったタレの中に入れ、煮たたせて、かば焼きのタレを作る。
そして、蒸しあがったウナギの身にタレを塗って、さらに焼く。
城島「たまらないですね」
そのウナギを乗せるご飯は、TOKIOオリジナルの新男米。
そこに山椒の実、ミョウガ、大葉を混ぜ込むのが多摩川流。
かば焼きのタレを加えて、さらに混ぜ込み、一口大に切ったウナギを贅沢に乗せれば、
『川漁師風 うなぎの混ぜご飯』の完成!
城島「めちゃくちゃ美味しい!」
達也「多摩川ってすごいな!この下流に東京湾あり、ですよ」
川と海の密接な繋がりを、アユやウナギなど様々な生き物たちを通して、
再確認することができた。
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