2014年11月9日 放送内容DASH島 無人島を開拓できるか!?

3か月ほど前、連日のうだるような暑さの中、
日々、水路作りに追われていたときの事だった。
この夏、日本列島を襲った台風11号。
遅く強い台風で、猛烈な風が各地に被害をもたらした。
その影響はDASH島にも…。
TOKIOが島に上陸できたのは、台風が去った数日後のこと。
被害の確認に駆けつけたのは、城島と達也と長瀬だった。
達也「テントが倒れてる」
浜の日除け用に建てたテントが、原型が思い出せないほどに。
となると、心配なのは、基礎を作り、柱を立て、
全て手作業で、1年半がかりで建てた島の拠点・舟屋。
無事なのか?
そして、その舟屋へと水を引く、まさに建設中の水路は?
まずは、水路を確認するため森の中へ。
すると、台風の強風でなぎ倒されたと思われる木々が道を塞ぐ。
さらに、
城島「完全に崩れてるわ、廃屋」
以前からかなり傷んではいたが、
かろうじて残っていた屋根も、崩れてしまった。
そして、この先の水路を見に行くと、土台と木樋に被害はみられない。
達也「森の中だから風の影響を受けなかったのかな」
しかし、この先の古井戸には、総勢9人がかりで建てた
水を汲み上げるための巨大装置・はね釣瓶がある。
高さは5mあまり。木々に守られること無く、
台風の風をモロに受けてしまったのでは…。すると、
長瀬「はね釣瓶は平気そうだね」
この構造は、広島県で御年88の大ベテランに教えて頂いた方法。
地面に深く差し、木で支え、長年の知恵が生きた頑丈なつくり。
達也「もしくは風向きが良かったのかな」
つまり、遮る木の少ない海側からの風ではなく、
標高174mの山がそびえる、
その裏手からの風だったということか。
確かに、台風11号の強烈な風は、主に島の北東から。
最大瞬間風速52.5mを記録した台風だが、
ほとんどは山に遮られ、
はね釣瓶には、被害がなかったと考えられる。
ならば、舟屋はどうか?
達也「遠くから見る限りは大丈夫っぽいね」
もしや、舟屋の海側の小高い木々が、風を遮ってくれたのか。
と、その手前で驚愕の光景が…!
長瀬「なにこれ!?エグられてる!」
そこは、大小2つの島を結ぶ洲の付け根、砂利と土が堆積した坂。
しかし、地面がエグられ、レールと枕木が宙づり状態に。
達也「原因は波かな?」
無人カメラを見てみると、台風上陸の直前から、
波は洲を越えんばかりの高さに。
その波が坂をエグり、砂利をさらって行ったと考えられる。
しかも、その先のレールも大きく歪んでいる。
漂着物も多かった北側の浜だが、
波が地面の砂利ごとさらい、支えを失ったレールは傾いてしまった。
その一方で、終点付近は漂着物に埋もれ、
レール自体が見えない状態に。
小島の北側は、わずか130mの間で異なる2つの被害。
考えられるのは、強烈な北東の風で起きた大きな波が、
窪んだ洲の付け根に集まり、より強い力に。
そして、付近の砂利をエグり取り海へ。
それが、次々と押し寄せる波で、その先の浜に打ち上げられた。
そして、舟屋の状態を確認に向かう。
達也「全く問題ない。やっぱり木が風をかわしたんだと思う」
改めて思う、この場所に建てた判断の正しさと、舟屋の頑丈さ。
屋根の瓦を見ても、一枚たりとも動いていない。さらに、
長瀬「おれの瓦に付いてた鳥のフンも無くなってる」
それは、舟屋の建設中に長瓦に止まっていた、
イソヒヨドリの仕業だと思われる。
長瓦の鼻に垂れていた白いフンが、台風のおかげできれいさっぱり。
とはいえ、レールの壊滅状態にショックを隠せない長瀬。
それも当然。無人島の開拓、いの一番に取り掛かった線路の敷設。
運搬は人力、レールの固定は、一本一本手作業で、
幾度も失敗を繰り返し、それでも長瀬を中心に3か月。
集落跡から、舟屋を建てる港跡まで、総延長500mの大仕事だった。
この線路のおかげで、基地・舟屋作りのペースは上がった。
城島「ちょっとでも復旧作業を進めとかんと」
トロッコの線路は開拓の要。
全長の4分の1と、被害はあまりに甚大だが、
途方にくれているわけにもいかない。
しかし、漂着物を取り除く作業は、丸1日かけても終わらず…。
ある時は、手の空いたスタッフも交代で。
TOKIOも、無人島にいる時間のほとんどを、
線路の掘り出しに費やした。
それでも、様々な漂着物が絡み合い、作業はなかなか進まない。
そこで、長瀬は、頼りになる男たちを呼ぶことに。
この日、上陸したのは、富山県・黒部の保線マンたち。
黒部峡谷鉄道は、北アルプスの山あいを走る山岳鉄道。
橋とトンネルの連続で、その安全を守るため、
この線路のプロたちが日々、点検と修理を行っている。
DASH島でも、初めてだった線路敷設に、その力を借りた。
さっそく、状況を説明するも、保線マンに動揺はない。
保線マン・渋沢さん「我々、山岳鉄道なんで雨で土砂崩れもあります」
19年前、黒部を襲った記録的な豪雨。
川が氾濫し、線路が崩れ落ちるなど、甚大な被害が出た。
しかし、山深い場所であるがゆえ、大型の重機も投入できない。
資材も限られる中、保線マンたちは人力で、
応急処置から復旧まで行なった。
その知識と経験をDASH島にも。まずは、
渋沢さん「海側のレールだけを外して、漂着物を掻き出す」
これまで何度も、クワがレールに引っかかり、手こずっていた。
海側のレールを外せば、トロッコが走る部分だけを、
クワで根こそぎ取り除くことができる。
再度、レールを取り付け直すのは大変だが、
これまで丸6日やっても、作業が進んでいないのも事実。
まずは、レール同士の連結部分を外すのだが、
達也「ガッチガチにボルトが錆びてる」
潮風が当たる海沿いに1年半、固着したボルトは全く動かない。
こんな時はテコの原理を使い、
工具の持ち手の棒を延長して、より大きな力に。
そして、ボルトが緩んだら、ネジ山が傷まないよう、
外したナットを引っ掛けて、叩きながら外していく。
これも、山岳鉄道の知恵。
最後に、枕木に打ち込まれた犬釘を抜く。
これも、テコの原理を使った専用の道具で。
そして、片方のレールを取り外すと、先ほどとは打って変わって、
城島「これは漂着物を掻き出すの楽やわ」
ひとまず、やり方は分かった。
しかし、急を要するのは、宙に浮いた方だった。
現場を確認した保線マン・渋沢さんいわく、
このままでは、重みでレールが歪み、
使い物にならなくなる危険性が。そこで、
渋沢さん「橋脚と橋げたを作る」
つまり、宙づりのレールの下に橋のように、
地面の代わりとなる橋げたを組み、柱となる橋脚で支える。
かなり強度な材料が必要だが、
渋沢さん「レールを組み合わせて橋げた代わりにする」
それは、資材が限られる山岳鉄道で、実際に行われる応急復旧。
枕木をキャンプファイヤーのように、
井の字に組み上げて橋脚を作り、その上にレールで組んだ橋げたを。
これで、車両の重さにも耐えることができる。
その資材は、島に残っていた、レール20本と枕木21本で。
資材が限られるのは、DASH島も同じ。
トロッコに乗せて現場まで6往復、レールと枕木を人力で運ぶ。
資材を運び終えたら、枕木を組み上げ、橋脚にする。
しかし、橋全体を支える部分を歪んで組んでしまえば、
重さが掛かると崩れてしまう。
そのため、まずは、地面を平らにならさなければならないが、
ここは大小の砂利が積み重なった場所、容易に平らにはならない。
と、渋沢さんらが用意してくれていたのが、
土木工事の高さ調整に欠かせない“キャンバー"。
斜めに加工された板を2枚組み合わせ、
枕木の低い方の下に差し込む。
そして、重なり具合を調整しながら打ち込めば、
微妙な水平のズレを修正することができる。
水平になったら、あとはこの上に、井の字に重ねて組み上げて行く。
さらに、枕木同士がズレないよう、カスガイを打ち込む。
城島「強いですね、この土台は」
続いて、宙づりのレールを支える橋げた。
トロッコが走れば、その重さも掛かる部分だが、
保線マンは、これも限られた資材で作る。
レールの幅は上下異なるが、これを逆さまに噛み合わせていく。
というのも、1段並べただけでは、
上から力が掛かると、崩れてしまう恐れが。
しかし、二つのレールを逆さまに組み合わせることで、
ズレることもなく、その強度は格段に増す。
そして、これを上下から固定。
これが、エグられてしまった地面の代わりとなる。
長さ5m、重さは375kg。
橋脚からエグられた部分に渡し、宙づりレールを支えるのだが、
渋沢さん「枕木の下に橋げたが入るだけの空間を作ります」
使うのは、最大10トンまで持ち上げるレールジャッキ。
空けたすき間は、およそ6cm。
そこに、375kgの橋げたを入れる重労働。
ここも、テコで横に滑らせながら差し込んでいく。
足場がもろく、苦戦しながらも、何とか4か所に橋げたを渡した。
そして、仕上げにキャンバーで高さを微調整したら、完成。
全長8m。開拓を進めるための仮設の橋に、保線マンの知恵が生きる。
枕木を組み上げた橋脚を中央に、新たな地面代わり、
レールの橋げたが、トロッコの重さを受け止める。
長瀬「無人のトロッコを(仮設橋の上に)走らせてみます?」
とはいえ、トロッコだけでも重さは、およそ80kg。
果たして、耐えられるか?
城島「おー!行った、行った」
長瀬「完璧~」
脱線することもなく、トロッコは無事に走り切った。
ただし、全線開通まではあと70m、まだ、道半ば。
↑ページTOPへ