その船は眠っていた・・・

新品を買えば数千万円もするという漁船。
あまりの巨額に途方に暮れていた時、とある漁港で出会った野ざらしにされた廃船。
皆、他の船は上架場に上げられ輝いているのに、一つだけポツリと横たわっている。
仲間はずれにされたこの船は、体を傾け、土にまみれたこの船、現在は船主も不在らしい。

この船、もしかすると安い値段で手に入るかもしれない…。

淡い期待を込めて漁協の方に値段を聞いてみた。
すると…
処分するにはお金もかかるし…引き取ってくれるなら差し上げますよ。
嬉しい返事だった。

その船の名は「つれたか丸」
ガタイだけは立派である。
だが、一銭もかからなかった代償は大きく、このままでは到底荒れる大海原を進み、波をかき分けるという代物ではなかった。

えぐれた船体からは腐った木片が飛び出し、進む方向を定める舵(かじ)もない。
そして船の心臓部分、エンジンも失われているのだった。
見れば見るほど、不安な気持ちにさせられる。
朽ち果てたつれたか丸は、このままでは走るどころか、浮かぶことすら困難なことだった。

でも、もし治して走るのであれば…
治しがいがあるとはいえ、そんな余裕も強がりに聞こえてしまう。
果たしてこのつれたか丸、修理したところで本当に海に出ることが出来るのだろうか…


船底中央に前から後ろまで伸びる、言わば船の"背骨"、キール。
もし、最重要部分であるこのキールが使い物にならない場合、
海上で荒波にもまれると船が真っ二つに折れてしまう危険性があるという。

裏を返せばキールさえしっかりしていれば、修理する余地は残っているということ。
つれたか丸が生きているのか、もう死んでしまっているのかは、
キールの生き死ににかかっているようだ。

つれたか丸に息を吹き返す力は残されているのだろうか。
キールを打診する音が体に響く。
幸いなことにキールだけは特に傷んだ箇所が見つからなかった。
何とか船として蘇ることは出来そうだ。

もともと野ざらしにされていた船は、
修理の作業場"上架場"まで運ばねばならない。

だが、太い帯を船底に通しクレーンで吊り上げた時、奇妙な音が港に響いた。
なんと、船の重みに耐え切れずある部分が割れてしまったのである。
結果、新たな破損箇所を増やしてしまった。
大丈夫か、つれたか丸…

船を固定し、海に出るための修理が開始された。
つれたか丸を船として走らせるための条件、それは



■船体に穴が空いている

海上で水の浸入に気づいてももう遅い。
たとえ小さな穴であっても、人命を奪いかねない気の抜けない箇所。



■エンジンが無い


船の動力となるエンジン。
このまま船を浮かべても走ることは出来ない。



■舵がない

舵は進行方向を決める重要な部分。
つまり、舵がないつれたか丸は真っ直ぐにしか進めない。



■ビルジキールが欠けている

クレーンで吊り上げた時、壊れてしまった部分。
船底の両端に位置し、キール同様前から後ろまで伸びている
"ひれ"の様な箇所。
このままでは船の横揺れが激しくなる。



■船体が欠けている

ブルワークと呼ばれる、甲板から上の壁の部分。
このままでは甲板に水が上がりやすいほか、乗っている者が海へ転落する危険もある。



■プロペラが欠けている

欠けてしまったプロペラでは効率良く船を進めることは出来ない。
その上スピードを出すためには回転数を上げねばならなくなり、燃費も悪くなる。



■ポールが腐ってひび割れている

ポールの役目はマストを張るため。
木で出来ている部分だが、マストが張れないと、海上で風のあおりを受け、正しい方向へ進みづらくなる。



■船内の肋骨のようなところが弱っている

キールから四方八方に伸びる肋骨は船全体の壁を支えている。
ここが損傷していると、水圧で船がつぶれてしまう。



■フジツボの除去

小さなフジツボもたくさんこびりつくと、水からの抵抗を受け、
船のスピードダウンにつながる。
海に出てからもまめにケアをしてやらねばならない場所。



■昔修理した痕がある

おそらく、何かに衝突し穴を修理したと思われる。
だが、見た目だけでは頑丈に修理されていたのかわからない。


目下、船を走らせるために、これだけの問題を抱えている。
見た目以上に傷つき、修理を施さねばならないことがわかったつれたか丸。

船大工・安藤さんは言う。
「海じゃぁ誰も助けてくれない。ちゃんと直して置けばよかったなって後で後悔しても遅いんだよ。」
海の上で船に異常が発生すると、瞬く間に沈没してしまう可能性が高い。
ほんの少しの隙間から水が浸入し、命を落とした海の男も少なくない。
その言葉の裏には、
「もう自分の命は自分で守るという闘いは始まっているんだよ。」
という意味があったのかもしれない。
つれたか丸を眠りから覚ますための、そして自分の命を守るための
挑戦は今始まったばかりだ。