■ 圓 徳 院(えんとくいん)3月29日放送

豊臣秀吉の没後、その妻・北政所ねねが、伏見城の化粧御殿とその前庭を移築して移り住んだのが、この圓徳院の起こりです。ねねは58歳から77歳で没するまでの19年間をこの地で余生を送り、ここは北政所・終焉の地となりました。
 方丈の襖絵「春の絵」「冬の絵」は、長谷川等伯筆で重要文化財。桐紋を散らした唐紙には絵を描かないのが通例ですが、この襖絵はすべて桐紋襖の上に描かれた非常に珍しいものです。
三玄院住職春屋宗園に襖絵制作を懇願しながら許されなかった等伯が、住職の留守中に客殿に駆け上がり、腕を振るって一気に描きあげてしまったものだと伝えられています。  北政所が伏見城から移した北庭は、当時の原型をほぼそのままに留める桃山時代の代表的庭園のひとつ。多数の巨岩大岩がふんだんに置かれた枯山水で、桃山時代の豪華さ、豪胆さがしのばれます。




東山に建つ高台寺の塔頭・圓徳院。
秀吉亡き後、伏見城を出た北政所はここで、静かに余生を過ごしました。


春の特別展で公開されている方丈の襖絵。
荒れ狂う波涛から天を目指す白い龍は、乱世を自らの力で統一した秀吉を彷彿させます。



桐を散らした襖の上に描かれた「春の絵」。
長谷川等伯が、住職の留守中に 一気に描きあげたと伝えられる珍しい作品です。



ひときわ目を引く艶やかな着物は、北政所が愛用した小袖。
これは、まもなく迎える高台寺の創建四百年を記念して、寺に残る掛け軸の表装を元に復元されたものです。


草木染による見事な唐織で、当時の色合いそのままに、平成の世に甦りました。


日が暮れて、ほのかに浮かぶ圓徳院。
桃山文化の粋に触れ、心静かに春の宵を楽しむひとときです。




圓徳院は通常非公開ですが、年に数回特別公開されます。
今回の見所は、なんといっても復元された北政所の「桐笹文様唐織小袖」でしょう。どう見ても刺繍にしか見えないのに、これは織りこんで模様が作られているというから驚きです。撮影の際、裏側を見せていただいて、初めて実感したほどです。
模様の配色をじっくりご覧になると、一定のパターンで繰り返されていないことがわかります。これは、当時の職人が気のむくままに色を変えていたことの証だそうで、これを復元することはたいへんな労力と技量が必要だったと伺いました。草木染で染めた糸を手機で織り、当時の色合いそのままに復元された小袖は実に艶やかで、当時の天下人の力を改めて感じさせられました。
今回の復元は、2006年に創建400周年を迎える高台寺の記念事業として行われたもので、今後、秀吉の陣羽織などが復元されていくとのこと。実に楽しみです。
 ちなみに復元製作は、時代劇の映画などでも衣装の製作をしている山口美術織物(株)です。


「 月と舟歌 」
作曲者:可古 隆
演奏者:可古 隆