■ 宝鏡寺 (ほうきょうじ)  11月1日放送

宝鏡寺は、歴代の皇女がご入寺された「門跡寺院」です。京都市指定有形文化財に指定されている本堂・書院・使者の間・大玄関・阿弥陀堂など、堂々たる建築物が今も残ります。
門跡寺院であるため、父君である天皇から贈られたたくさんのお人形達が、歴代の尼門跡たちによって大切に守られてきました。彼女達の日常は、この寺が「百々御所」という名で呼ばれてきたことでもわかるように、宗教的な側面以外に宮中の暮らしに近いものだったと推測されます。
人形の数の多さは尼寺としての歴史の長さを物語りますが、その他にも襖絵や仏像・庭園など、宮中ゆかりの寺ならではの寺宝を数多く持ち、京都の尼門跡の中でも格式の高い寺としてその名を知られています。堀川通りから少し入った、お茶の「千家」などのある静かな界隈に建っています。




鎌倉時代に建てられた宝鏡寺は、歴代の天皇の娘、皇女たちが尼となって暮らしたお寺です。



幼い頃から仏に仕える身となった彼女たちの宝物、数多くの人形たちが、今月8日から24日まで特別公開されます。



「小さい」「可愛い」という意味の御所ことば、「おいとぼしい」。
皇女たちが共に遊び、笑い、話しかけてきた、「おいとぼしい」人形たちが、やさしい表情で微笑みかけてきます。



人形を慈しんだ、古き良き女の子の遊び。
時のかなたに埋もれていた女性たちの優しく繊細な心のありようが、人形の表情から垣間見えるような気がします。


書院にある江戸時代の襖絵に描かれた農村の風俗や仕事などを見ながら、皇女たちは寺の外の世界を学んだといいます。
農民たちの陽気な表情は、彼女たちのつつましやかな生活を、どれだけなぐさめたことでしょう。



池を 羽を休めた鶴に、小さな築山を亀に見立てた「鶴亀の庭」が美しく色づく頃、あどけない表情の人形たちが、訪れる者をやさしく迎えます。




今回の秋の特別公開では、「おいとぼしいもの」という御所言葉がテーマです。「小さい」「可愛らしい」という意味の「おいとぼしい」という言葉の通り、可愛い人形が数多く展示されます。
人形というのは難しい被写体で、基本的には勿論可愛らしい愛すべきものなのですが、カメラワーク・照明ワークひとつで可愛らしさが消えうせ、なんとも言えない怖さが浮き彫りになることがあります。今回の取材では、そうした印象を極力無くし、可愛らしくいとおしい人形たちの表情を捉えることだけを考えました。
時代時代によって、可愛らしさを感じる基準が少しづつ変化し、100年前・200年前には抱きしめたくなるほど可愛らしくても、平成の現在に見ると「なんか違うな…」となってしまうケースもあるのでしょう。どれをとっても「おいとぼしい」とかはいきません。
数多くの人形の中から、宝鏡寺の学芸員・田中正流(たなか まさる)氏が、時代を越えて「おいとぼしい」と思える人形たちを選び出してくださり、その可愛らしい人形たちを、肉眼の印象の通り…いえ、それ以上に可愛く撮影したつもり……なんですが、さて結果はどうでしたでしょうか?とりあえずは番組をご覧になった方々に、そんな撮影陣の想いが伝わったら嬉しいなと思います。
展覧会は、11月8〜24日の17日間です。決して長期間とはいえませんけれど、足を運ばれたらきっとこの番組でご覧になった通りの、いえそれ以上に可愛らしい表情の人形たちに会える事と思います。


「 DU COTE DES PETITS 」
作曲者:Klimperei
演奏者:Klimperei