■ 萬福寺 (まんぷくじ)
  5月8日放送


萬福寺が建てられたのは江戸時代の初め。中国・福建省から渡ってきた隠元禅師が徳川家から宇治に寺地を賜り創建しました。南方から輸入されたチーク材を用い、唐風の意匠を凝らして建てられた伽藍は隠元禅師の故郷にある同じ名前の寺を思わせます。仏像の多くは、やはり中国から渡来した仏師・范道生によって作られたもの。その作風はいずれも異国情緒に満ちています。
今年は隠元禅師が渡来して350年を記念して、寺宝の特別公開が行われます。禅師ゆかりの宝物はいずれも貴重なものばかりです。

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宇治の川面を渡る風にも心浮き立つ五月。

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この地に萬福寺が開かれたのは江戸時代の初め。
中国から招かれた、かの隠元禅師は
この寺を唐の様式で建てました。

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南方のチーク材を用いた唐風の建物は、遥かな彼の故郷、
福建省にある寺を偲ばせます。

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左右対称に作られた伽藍には
中国から来た仏師による仏像が祀られています。

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お寺の建物を守るという、
きらびやかな出で立ちの華光菩薩。

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元はインドの王子という達磨大師など、
異国情緒あふれる作風です。

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文華殿では隠元禅師の渡来350年を記念して、
縁りの宝物が特別公開されています。


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禅師の渡来の様子が描かれた絵や、直筆の書など
いずれも貴重なもの。

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中国から持参した茶道具で味わう新茶の香りに、
彼も心和ませたかもしれません。

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「山門を 出れば日本ぞ 茶摘み歌」という俳句があります。
「萬福寺の境内は中国にいるかと錯覚させるけれど、門の外へ出れば宇治の茶摘み歌が聞こえるので日本だったと気がつく」という意味なのですが、確かに中国風の境内は5月のポカポカ陽気のせいもあり、福建省あたりの情緒を感じさせます。
で、この寺を開いた隠元禅師ですが、誰も知っているあの「インゲン豆」を中国からもたらした方なのです。ちなみにお寺の方によると、この萬福寺から世に出たものは他にもあるそうです。江戸時代初めまで、日本には原稿用紙がありませんでした。ところが中国から持ち込まれた書物は縦20文字、横20行で使うように罫線が引かれていました。そう、これが現在も使われている400字詰め原稿用紙の原点だということです。


「 THE MONK AND THE MIRACLE 」
作曲者:A.R.RAHMAN
演奏者:A.R.RAHMAN