■ 泉涌寺の塔頭(せんにゅうじのたっちゅう)
  7月3日放送


皇室ゆかりの寺「御寺(みてら)」として親しまれている泉涌寺。創建当初は法輪寺と称していましたが、寺地の一角より清水が涌き出たことから泉涌寺と改められました。広い境内には8つの塔頭があり、常時公開されています。  総門近くに立つ即成院の本尊・阿弥陀如来と二十五菩薩は国の重要文化財。極楽浄土の世界を立体的に描いたもので、二十五菩薩が仏像として現存するのは、日本ではここだけです。  また、来迎院には日本最古の木造荒神坐像と木造護法神立像(いずれも国・重文)が祀られています。庭は含翠庭、茶席は含翠軒といい、赤穂藩家老・大石良雄(内蔵助)が建てたと伝えられています。



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東山山麓に伽藍を構える泉涌寺。

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総門近くの塔頭・即成院は、伏見に創建された後、
明治時代にこの地へ移りました。

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本堂に居並ぶ二五体の菩薩像と本尊・阿弥陀如来。
千年もの間、極楽往生を願う人々を見守り続け、
あの那須与一も熱心に信仰したといわれます。



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極楽浄土へ導く両脇の菩薩は楽器を携え、
仏さまには珍しく、笑顔で音楽を奏でています。

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苔むした石橋の先に建つのは来迎院です。
山寺の風情を残す境内に、ひっそりと佇む「含翠軒」。

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赤穂藩の家老・大石内蔵助が建てた茶室で、
ここでは、たびたび討ち入りの密議が行われました。

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一服のお茶に心の安らぎを求めた内蔵助。
彼が愛した静かな境内は、今も変わらぬ来迎院です。

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那須与一ゆかりのお寺、即成院。病気になって療養していた与一は、熱心に阿弥陀さまを信仰し、その霊験で病も癒え、屋島の戦いで武勲を残したと伝えられています。
その阿弥陀さまは菩薩像を従え、今も即成院の本堂に静かに鎮座されています。撮影前の下見で初めて拝観した阿弥陀さまは、予想をはるかに超える、とても大きな仏さまでした。
なにより印象に残ったのは、本尊の両脇に並んだ菩薩像です。それぞれ楽器を手にしておられ、驚いたことに歯を見せて笑っていらっしゃるのです。この番組を担当してから、随分数多くの仏さまを撮影させていただきましたが、こんな表情の仏さまに出会うのは初めてのことです。
 また、本堂裏には那須与一のお墓もあります。扇の要を一発で射落とした与一にあやかり、受験生がよく参拝に来るそうです。

 木々に覆われた来迎院は、泉涌寺山内でも奥の方に位置するためでしょうか、とても静かなお寺です。
大石内蔵助は、境内に湧き出す名水を気に入り、ここに茶室を建てたと伝えられています。この水は独鈷水といい、弘法大師が掘られた井戸から今でも水が湧き出していて、ペットボトル持参で水を汲みにいらっしゃるご近所の方もお出でになるそうです。お寺の方のお話では、飲料としてお使いになる場合は、一度沸騰させてから使用してくださいということでした。
 秋には見事な紅葉で彩られ観光客で賑わうそうですが、この時期は訪れる方も少なく、山寺にいるような錯覚を覚えます。内蔵助と同志が討ち入りの密議をするのには、もってこいの場所だったに違いないと、実感した来迎院です。


「 ユメノクニ 」
作曲者:真砂 秀明
演奏者:ウォン・ウィン・シアン
:真砂 秀明