今週の放送内容

廣誠院(こうせいいん)
5月16日放送

木屋町を流れる高瀬川に面して建つ廣誠院。この辺りは明治の初めまで長州藩の屋敷のあったところで、廣誠院の建物は、明治25年(1892)伊集院兼常の屋敷としてつくられたものです。
兼常は、鹿児島県の門閥の出身で、明治維新後、官僚や軍人を経て実業家として活躍しました。
その後屋敷は所有者が変わり、昭和7年に庫裏や仏堂が建てられ、27年臨済宗の寺院・廣誠院となりました。
書院・茶室・広間などからなる建物は庭園に面して配置され、柱に面皮柱を用いるなど、全体に数寄屋風の意匠でまとめられています。一部が改造されているものの、明治期の優れた数寄屋邸宅として貴重な建物で、京都市有形文化財に指定されています。(一部指定対象外)
また、伊集院の指示の下に築造された庭園は、園池の水を高瀬川から取水し、再び元の川へ戻すというこの地域特有の庭園形態を残しています。庭園と建物は見事に融和しており、庭園も京都市名勝に指定されています。

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今週は廣誠院を訪ねます。


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市内を流れる清流、京と伏見を結ぶ高瀬川。


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その辺に建つ廣誠院が二十七日から特別公開されます。

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個人の邸宅として明治に建てられた廣誠院。
数奇屋建築の技術と美意識が注ぎ込まれた建物が
雁行するように並びます。

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数奇屋風の意匠が施された室内には
今も明治の空気が漂っているような気がします。

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庭に面した書院には猿の絵で知られた
江戸時代の画家、森祖仙の襖絵。

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部屋から庭へ。
美しさが心地よく流れてゆきます。


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高瀬川からひいた水が作る池と
その上に枝を伸ばしたカエデが深山を思わす庭。


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街中にポツンと残された明治の雫。
そんな気がする廣誠院です。


写真 今回初めてTVカメラが入った廣誠院。
敷地はさほど広くないのですが美しい撮影ポイントがたくさんあり、驚きました。
当日の天候は安定した曇り。室内と庭を1枚のフレームに収めるのには最高の条件です。
一度、陽が出て雲が来るのを待ちましたが、陽を待つことはあっても雲待ちは珍しいこと。
おかげでしっとりとした映像が撮影できました。

写真 川の水をひいて庭を造るというと、“植治”の手による無鄰庵をはじめとする琵琶湖の疎水から水をひいた南禅寺界隈の庭がよく知られています。
その手法の元となったのが高瀬川から水をひいた廣誠院の庭です。
廣誠院の建物と庭を造ったのは官僚や軍人を経て実業家として活躍した伊集院兼常。
植治は庭造りの技術を兼常から多く学んだと述べています。

京都に詳しいと思っている我々でも兼常という名は初耳で明治時代の京都は我々の盲点になっているようです。


「Valamon Soitto」
作曲者:Matli Kontio
演奏者:Ritva Koistinen