モネ展

2015.9.19sat-12.13sun

東京都美術館 休室日:月曜日、10月13日(火)、11月24日(火) ただし9月21日、10月12日、11月2日、11月23日(いずれも月)は開室

Works 作品紹介

第1章 家族の肖像

移ろう自然を描くことに情熱を注いだモネは、肖像画をわずかしか描いていません。なかでも今回展示する子供たちの肖像画は、モネの生前には発表されることもありませんでした。本章では、モネが亡くなるまで手元に残し、大切に保管された家族の肖像画をご紹介します。
 モネによる妻や子供たちの肖像画は、画家であり父親であったモネの素顔を垣間見せてくれます。モネは家庭を大切にし、旅先からも家族を案じる手紙を頻繁に出しました。最初の妻カミーユとの間に生まれたジャンとミシェル、カミーユの没後再婚するアリスの子を合わせ8人の子供たちに囲まれていたモネは、一家のアルバムを作るように家族の幸せな日常を描きました。特にジャンはもっとも多くの作品に登場しますし、ミシェルは1歳頃、2歳半、5歳と年齢を重ねていく姿を肖像画で辿ることができます。これらの家族の肖像画は、子供たちの成長の記録であり、モネの家族との絆を感じさせてくれます。

モネとルノワールは、1862年にパリのシャルル・グレールのアトリエで出会います。1869年から1870年代半ば頃まで、彼らはカンヴァスを並べて一緒に制作することもありました。二人の親しい交友関係は、1919年にルノワールが亡くなるまで続きました。
 本作品が描かれた1873年夏、意欲的に取り組んでいたサロン(官展)に2年続けて落選したルノワールは、パリを離れ、初めてアルジャントゥイユのモネの家に滞在します。この頃、ルノワールはモネとモネ夫人の肖像を何点か制作しました。本作品では、仕事着でパイプを燻らせるくつろいだ様子のモネが描かれています。あごひげに素早いタッチで配されたオレンジやパイプの煙の青など、自由な筆遣いによる鮮やかな色彩が印象派の予兆を感じさせてくれます。画中のモネが手にする新聞は、「NT」の文字が見えることから、おそらく「レヴェヌマン(L’Événement)」紙でしょう。この新聞は、エミール・ゾラの美術批評を掲載するなど前衛的な芸術を支持していました。

椅子に座る女性は、海に背を向け、こちら側をぼんやりと見つめています。おそろいのドレスを着た浜辺に座る女性は、読書に夢中になっているのでしょうか。二人の間に視線を向けると、自由な筆さばきで描かれた波打ち際で遊ぶ少年や、浜辺で時を過ごす大勢の人々が描かれています。何気なく撮影した写真のような雰囲気で、この時期のモネらしい大胆な構図となっています。本作品を制作した1870年夏、モネはカミーユ・ドンシューと正式に結婚し、このトゥルーヴィルに滞在しました。
 パリを起点とした鉄道網の発達により、この頃には中産階級のパリの人々も都会の喧騒を離れた地でヴァカンスや週末を過ごすようになります。その中でもトゥルーヴィルは、「浜辺の女王」とも称されるノルマンディー地方の人気の避暑地でした。画家のみならず、『失われた時を求めて』の作者マルセル・プルーストをはじめ多くの文豪たちも愛した場所として知られています。

モネの最初の妻カミーユとの間の次男ミシェル、2歳の肖像。あどけない表情が素早く描きとめられています。長男ジャンは1914年に亡くなり、モネの死後、ミシェルがジヴェルニーの家と遺された作品を相続することとなります。