奄美大島 手花部
奄美大島、笠利町・手花部の干潟。潮が引くとそこには無数の小さなカニたちが一斉に姿を現します。中でもひときわ目を引くのが、片方のハサミだけが異様に大きい「ハクセンシオマネキ」です。体よりも大きく、白く長いそのハサミは、まるで手招きするかのようにひらひらと振られます。英名は “fiddler crab”「バイオリン弾きのカニ」その名の通り、まるで楽器を奏でるかのような仕草が印象的です。この大きなハサミは、ときにオス同士の争いにも使われますが、主に求愛に使われている印象があります。オスたちは干潟を舞台に我こそはとハサミを振り続け、メスに自らの存在をアピールしているように見えます。そんな視覚的インパクトの強いシオマネキですが、今回私たちが注目したのは「音」です。オスがメスを誘って巣穴に入ったとき、メスにシグナルを送ります。その音は人の耳ではほとんど聞き取れないほど小さなもの。これまで“ハサミ”ばかりが注目されてきた彼らですが、干潟の静寂のなかで交わされる“音”のコミュニケーションにはまだ知られざる世界が広がっています。
■ DIRECTOR'S COMMENT
今回の撮影は、『カニの歌を聴け』の著者であり、北九州市立自然史・歴史博物館の学芸員である竹下文雄さんのご協力のもと、コーディネートいただきながら進めました。「カニの歌を聴け」「カニが鳴くってこと?」──その一冊の本との出会いが、すべての始まりでした。カニが“鳴いている”という事実に、私は大きな衝撃を受けました。ハクセンシオマネキの近縁種が、胃臼という、胃の中にある“歯”のような器官を使って音を発することが論文で報告されており、ハクセンシオマネキもまた、同様に“音を出している”というのです。私はロケに向かうまでのあいだ、折に触れて「その音を聞いてみたい」と思い続けていました。期待と高揚を胸に現地へと向かい、ついにマイクが、カニたちのかすかな音をとらえた瞬間──「本当に鳴いていたんだ」と、驚きと感動に包まれました。(今回の音は非常に微細なもので、普通に聴くことはできません。そのため、特殊なマイクを用いて記録しました)人の思い込みを軽やかに裏切ってくれる動物の世界には、いつも学ばされます。そして生き物の微細な姿を追い続ける竹下さんの探究心に、深い敬意を抱きました。現地では大変お世話になり、この場を借りて感謝申し上げます。(村上宗義)
■ ACCESS
「奄美空港」から「手花部」まで車で約15分
