福岡県代表 私立 東福岡 3年連続8回目出場
<学校紹介>
校 長 徳野 常道
創 立 昭和30年
生徒数 2800人
住 所 福岡市博多区東比恵2-24-1
特 色 JR博多駅にほど近い普通科の男子校。
前身は、1945年に開校した「福岡米語義塾」である。
「努力に優る天才なし」が教育方針 全国レベルの野球やラグビーの他、ボクシングも有力選手を輩出している。

特に、サッカー部は多くのJリーガーを送り出しており、去年の三冠メンバーからは、本山(鹿島)、手島(京都)、古賀誠史(横浜)の3人が進み、去年も金古(鹿島)、宮原、富永(名古屋)山崎(京都)の4人。今年は山形が(広島)内定。
<サッカー部紹介>
創 立 昭和45年
沿 革 去年は、高校総体、全日本ユース、正月の選手権をいずれも初優勝で制した東福岡。
昨年は、2年連続、決勝で帝京と対戦、文字通りの雪辱を期した帝京を破り連覇した。
サッカー部は、創立から5年で県大会の決勝に進む程の実力を貯えたが、全国大会への出場は昭和54年の選手権が初めて。翌55年も福岡代表となったが、いずれも初戦敗退した。
翌56年から平清 孝監督率いる東海大五の時代が到来する。
平成5年に代表校の座を奪い返すまで、実に12年間も選手権から遠ざかってしまった。
その間、県内では準優勝が5回。この「苦難の時代」が志波監督の指導や戦術に対する考え方に大きな影響を与えたという。
すべてを教えようとする指導から、選手個々の個性を伸ばす指導へと変化、フィジカルをやめて徹底した戦術練習を行う。
サッカー部はグランドをラグビー部と半々で使っており、全面練習は週に一度だけ、練習時間も1日2時間程度と短いが高い自主性と、監督自らがバスを運転して行う遠征で、強豪高の仲間入りを果たした。
連覇を機に、県内外の有望選手の進学希望が数多く寄せられるようになっている。
東の時代到来か?
<ユニフォーム>
  GK正 GK副
ソックス
<チーム概要・特徴>
連覇を支えた鉄壁のディフェンス、今年は先輩達に比べると不安も残るが、前線からの高い守備の意識で弱点克服。
攻撃面では早い両サイドを使い、中央から山形、相良の個人技も生きる。
例年通りの攻撃パターンはそのまま。
<主力選手紹介>
10.山形、去年の帝京との決勝でハットトリック。
今年はゴールゲッターとして一段と成長、パッサーとしてセンスも光るようになった。
例年多くのJリーガーを生んでいる東福岡だが、今年は山形一人だけになりそう(広島内定)