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東日本大震災から15年~妻を捜し潜り続ける“思い”~

2026.03.09

○櫻井
「こんにちは
 お世話になります櫻井です」
○高松康雄さん(69)
「はじめまして高松です」


高松康雄(たかまつ・やすお)さん、69歳。

15年前の3月11日―。

妻・祐子さんは、
仕事中に津波に襲われ、
今も行方不明のままです。

○高松康雄さん(69)
「なんとか家に連れて帰りたいなと思って
(町は)がれきとかも
 片付けられていったが妻はいなくて、
 それでもう海だろうなって」

海で祐子さんを捜すため、
潜水士の資格をとった高松さん。

高松さんが潜る
宮城県女川町は15年前…。

津波で壊滅的な被害をうけました。
東日本大震災では615人が犠牲となり、
いまも257人の行方が分かっていません。

私がはじめて訪れた被災地が
女川町でした。

○櫻井
「こちら女川駅のホームです。
 ここに駅があったようには
 いまは思えないですね」

その町はいま。

○櫻井
「15年前に見た景色とは
 様変わりしていますね。
 信じられない景色でしたね」

高松さんの自宅で
あるものを見せてもらいました。

○櫻井
「そっか、スマートフォンじゃない
 ですもんね」
○高松康雄さん(69)

「ガラケーです」

がれきの中から見つかった
祐子さんの携帯電話。

○高松康雄さん(69)
「メールが一通だけ届いた
 今考えると奇跡的かなと思う」
○櫻井
「『大丈夫?帰りたい。』
 3月11日3時21分・・・」

"最後のメール"が送られた4分後、
高松さんに届かなかった
メールも残されていました。

○高松康雄さん(69)
「さっきのが21分で
 これが(午後3時)25分に
(妻が高松さんに)送信したが
 届かなかった」
○櫻井
「津波凄い」
○高松康雄さん(69)

「この時点で津波が来ているのは
 見えていたんでしょうね」

○高松康雄さん(69)
「(知人から妻が)『流された』と聞いて
 なんていうか頭が真っ白といいますか
 その場で座り込んでしまった。
 1人でぽつんとテレビ見ていたりすると
 いつも隣にいたんだけどなって思って
 やっぱり会いたくなりますね」

祐子さんを捜すため、
高松さんは、先月も海へ。

海底には、かつて漁で使っていたロープや
津波がのみ込んだとみられる
がれきなども沈んでいて。

さらに深く潜ると、車も。

実際に海で祐子さんを
捜した時の様子を見せてもらいました。

○櫻井
「15年間このような状態だった
 というわけですよね。
 照らしながら捜すんですね」

およそ35メートルの深さで
捜せる時間は、わずか10分。

視界が悪く、
危険と隣り合わせのなか捜索します。

○櫻井
「お茶わん?
 津波で流されたようなものが
 海底に残っている」

○高松康雄さん(69)
「(手がかりは)今日はなかった
 捜している時間もあまりないので」

○櫻井
「これまでに何回くらい潜っている?」
○高松康雄さん(69)

「760回くらいですかね」
○櫻井
「そんなに・・・」

ただ、まだ祐子さんの手がかりは
見つかっていません。

○高松康雄さん(69)
「実際に海の中を見ているから
 難しいなという実感はある」
○櫻井
「というのは?」
○高松康雄さん(69)

「年月を重ねることによって
 泥とかも堆積してくるので
 細かいものは見えづらくなって」

それでも海に潜り続けるという
高松さん。

○高松康雄さん(69)
「海に潜っていると近くにいるような
 近くに来れたような感覚があるので
 やっぱり潜りたいですね。
 遺骨のひとかけらでも見つかればなと。

 連れて帰りたい。
 一晩でも二晩でも
 お気に入りだったベッドに
 寝かせてやりたい思いはありますね」

○櫻井
「15年という時間は
 どんな時間でしたか?」
○高松康雄さん(69)

「早かったですね
 あっという間の15年でした。
 一区切りではないですね。
 孫の成長も楽しみ。
 抱っこさせてやりたかった
 たぶん自分ばっかりずるいと
 言っていると思います」

 

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