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#186 ガザ退避…「極限の3週間」

2023.11.06

ガザ地区南部に避難していた
国境なき医師団の
     白根麻衣子さん。

今月1日に退避するまでの
「極限の3週間」について
         明かしました。

○ガザ地区から退避した
国境なき医師団
 白根麻衣子さん(36)
「戦争が始まって
      2週間目くらいから
 水・食料・燃料が
    本当に不足してきていて
 いつそれがなくなって
  命が途絶えてしまうんだろうと」

(櫻井)
「人間としての
 最低限の生活もできなかった」
        と話す白根さん。

避難生活は屋外で寝泊まり。
昼夜問わずミサイル攻撃が続き
午前3時4時でも
起きて安全を確認する日々
       だったといいます。

食事は「缶詰」や「パン」。
現地スタッフが
危険と隣り合わせのなかで
     調達してくれたものを
廃材を拾って火を起こして、
1日1回料理をして
 分け合って食べていたそうです。

この極限の生活のなかで
白根さんが
一番命の危険を感じた出来事が
          ありました。

○ガザ地区から退避した
国境なき医師団
 白根麻衣子さん(36)
「10月末にガザ地区の通信が
     すべて切られた時は
 そのときに私は
  一番命の危険を感じました」

(櫻井)
イスラエル軍の大規模な空爆で
 ガザ地区全域で通信が遮断され、
・物資の調達ができず
・国境なき医師団からの指示連絡
そして、
・家族との連絡も一時ストップ
       してしまいました。

家族との連絡は白根さんにとって
一番の心の支えだったといいます。

○ガザ地区から退避した
国境なき医師団
 白根麻衣子さん(36)
「不安ななか連絡できるときは
    なるべく連絡していて
 母は一度も弱音を吐かず
 『あなたなら大丈夫だから
     信じて待ってる』と
 ずっと言い続けてくれていたので
 3週間乗り切れたのは
   家族の支えがあったから
 そう今振り返って思っています」

(櫻井)
ただ白根さんは
「退避できたことに
     100%の喜びはなく、
 ガザを離れてもできることは
   なんでもやっていきたい」
        と話しています。

記者から
「日本人個人で
     できることは何か」
       聞かれた白根さんは、
「戦争は、何も生み出さない」
 ただただ命が失われ、
 あってはならないことだと
    常に忘れずにいてほしい」
      そう訴えていました。

戦争で一番犠牲になるのは
幼い子供をはじめとした
      罪のない一般人です。

白根さんは、
「今起きていることを
   多くの人に知ってほしい」
       そう話しています。
私たちもこれからも伝えていきます。

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