「あたたかいお言葉 ありがとうございます」

3月11日。
あの日DASH村は激しい揺れに襲われた。
すごい地響きと地鳴りがあった後、次第に強くなる揺れに急いで建物から出て畑に避難した。村全体を見回すと建物は左右に大きく揺れ、池の水も波打った。僕はただ立ち尽くすより他に何も出来なかった。
震度4以上の揺れを経験した事のない僕は、大きい揺れに驚いたけれど、建物や11年の間に作り上げて来たモノに目立った損壊がなかったので、大きな震災であるという自覚がなかった。
しかしその後も大きな余震が何度も起こり、各地の震災状況も分かって来たことで、大変なことが起きたんだと次第に不安になり、そして今、DASH村では一切の作業を中止している。

幸いなことに村の動物たちは、それぞれ安全な地に移動させる事が出来た。しかし、農作業など初心者の僕に優しくアドバイスをしてくれたり、初めて食べるような地元の山菜の漬物や出汁が良く染みた煮物などを差し入れしてくれたりと様々な面で村を日々支えて下さる近隣の方々は、みなバラバラになってしまった。みんなの行き先が分からず不安でいつも村の近隣に関するニュースが流れるとテレビに釘付けになってしまう。そして、先が見えず、いつ村に戻れるのか分からないモヤモヤした気持ちが日々募るばかりだった。




そんな時、毎日のように送られてくる掲示板や「囲炉裏端」の書き込み。数々の言葉に励まされ、この困難な状況を乗り越えなければならないと心から感じられるようになった。
僕自身、村人になってからやっと1年が過ぎたばかり。まだまだ学ばなければならない事がたくさんある。やはり僕らが、率先して前に進まなければ、何も始まらないし変わらない。そう思いたち、明雄さんに相談しようとしたら、明雄さんは農業系の雑誌や新聞を読みながら、「このやり方は役に立つな」などと独り言を言っていた。明雄さんは、とっくに前に進み出していた。
そして、僕にこういった。
「80歳を過ぎても、まだまだ知らない事は山ほどある」

それぞれの地域によって土も違うし、環境も違う。今までは色々な作物を村の環境にどう適用させて栽培させていくか考えながらやって来たけれど、実際に現場を見てお手伝いさせて頂きながら学んでいきたい。そして、いつか村に戻れるその時には、全国で得た知識を村の発展に活かしていきたい。
その始めの一歩が愛知県の扶桑町。守口大根が有名で、かつて村でも栽培した事があった。その時、お世話になった田中さんの畑にお邪魔してお手伝いをさせて頂いた。そこで、実際に見て触れて感じた、村との違いとその土地独特な作業方法。
百聞は一見にしかず。
その土地に出向き、学ばなければ知らなかった発見が沢山あった。
そして、一期一会。
勉強すると共に出会った方々との絆も大切にしたい。
そんな思いが芽生え、不安な気持ちは小さくなった。
これからも前に進み続けられると思う。

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