放送スケジュール

シリーズ戦後70年 100歳、叫ぶ
元従軍記者の戦争反対   30分枠

放送 : 1月25日(日)
  25:20〜
ナレーター : 玉川砂記子
制作 : 秋田放送
再放送 : 2月1日(日)11:00〜
    BS日テレ
  2月1日(日)18:30〜 
CS「日テレNEWS24」 

秋田県出身のむのたけじさんは2015年1月2日で100歳。がんを2度患い、視力も落ちてきたが、今も現役のジャーナリストだ。そのむのさんが老いた身体に鞭打ち、全身全霊を捧げて叫び続けているのが“戦争反対”。戦時中、従軍記者として“戦争”を目の当たりにしながら、国民に真実を伝えられなかった反省がその原点だ。終戦から70年…。秋田大学では、むのさんを教材にした講義が始まった。出版社では、むのさんの言葉や詩を子ども向けにまとめた本を刊行することに。特定秘密保護法の施行や集団的自衛権の行使容認に向けた閣議決定で周辺諸国との緊張が高まる中、「次世代に“戦争反対”をしっかり伝えるまで死ぬことが出来ない」という100歳ジャーナリストの魂の叫びに耳を傾ける。

放送スケジュール

湯気の向こうに
大将と女将 ときどき、おでん  30分枠

放送 : 2月1日(日)
  24:50〜
制作 : 南海放送
再放送 : 2月8日(日)11:00〜
    BS日テレ
  2月8日(日)18:30〜 
CS「日テレNEWS24」 

四国八十八ケ所の第51番札所 石手寺のほど近く、遍路道沿いに一風変わった「おでんや」がある。大将の光田 智(さとる)さんと女将の登美子さんが営む店は、もともと屋台だった。大将の年齢は不詳…だが、「大体、75くらいよ」。海軍帽にタバコをふかす、ちょっととっつきにくい風体で、実際辛口でものを言う。いわく「高齢者のたまり場よ」。いわく「気に入らんかったら食べんでええ」。いわく「こんな店で気の毒に」。ところが、この大将を慕って多くのお客さんがやってくる。悩みごとや聞いてほしい近況を書いてそっとメモを渡す人がいる。大将はそれにこっそり応える。「叱られるのがうれしい」という人も。その繰り返しが、はや47年…。小さなおでんやを舞台に、様々な人生が交差するあたたかな物語。

再稼働元年… ここは原発の地元ですか?
                    55分枠

放送 : 2月8日(日)
  24:50〜
ナレーター : 山崎岳彦
制作 : 日本テレビ・札幌テレビ
再放送 : 2月15日(日)11:00〜
    BS日テレ
  2月15日(日)18:00〜 
CS「日テレNEWS24」 

平成27年は国の新基準のもと、停止していた原発に灯がともるW再稼働元年Wの年。その中で取りざたされているのがW地元同意Wの判断だ。昨年末、京都府舞鶴市のある集落で、安定ヨウ素剤の配布が行われた。この集落から福井県高浜原発までは、わずか4キロ。しかしW原発の地元Wとはみなされていない。一方、鹿児島県川内原発の「隣町」、いちき串木野市議会は昨年「地元同意の権限」を求める意見書を県に提出するも認められなかった。新たに建設中の青森県大間原発では、津軽海峡をはさんだ函館市が「建設への同意を求められていない」として、建設差し止め訴訟を起こしている。どこまでがW原発の地元WでW地元同意Wをどのようにしてとりつけるのか。日本列島W原発の隣町Wが置かれている現状を掘り下げる。

家族のカタチ
女だった私が、パパになる。(仮) 30分枠

放送 : 2月15日(日)
  24:50〜
制作 : 日本テレビ
再放送 : 2月22日(日)11:00〜
    BS日テレ
  2月22日(日)18:30〜 
CS「日テレNEWS24」 

待望の子供を妊娠した澤岻(たくし)さん夫妻。だが夫・良心(りょうと)さんと子供との間に血の繋がりはない。…良心さんは元女性。性同一性障害で性別を変更した後、妻・さおりさんと結婚。匿名の精子提供による人工授精(非配偶者間人工授精・AID)を受けた。今、生殖医療の進歩により、家族のカタチが変わり始めている。「子供が欲しい」という願いが叶う一方、医療がどこまで生命の操作をしていいのかという批判もある。AIDで生まれた子供たちが、遺伝子上の父親を知りたいという動きもでてきている。しかし澤岻さん夫婦は子供にも周囲にも告知して生きていくと決め、自宅出産に挑む。血の繋がりをこえて家族になる姿に密着。家族とは、親子とは何なのか?

“じいちゃん”の戦争 
孫と歩いた激戦地ペリリュー  30分枠

放送 : 2月22日(日)
  24:50〜
制作 : 日本テレビ
再放送 : 3月1日(日)11:00〜
    BS日テレ
  3月1日(日)18:30〜 
CS「日テレNEWS24」 

日本から遠く離れた、南洋の島・ペリリュー島。かつて、ここで日本兵1万人以上が死亡しました。しかし、時とともに、伝え手そして記憶は消えていきます。「訪れるのは、最後になるかもしれない」そう考えた“じいちゃん”が、孫と一緒に激戦地ペリリュー島を訪れました。島のジャングルに生々しく残された戦闘の爪痕。「じいちゃんは、ここに居た」。かつて闘った場所で語ったこと。戦死した仲間の墓の前で見せた“じいちゃん”の涙。戦争の悲劇を何度も体験し、生き抜いた“じいちゃん”の心。それらを孫は必死に目に焼き付けました。70年前、太平洋戦争屈指の激戦地で何が起きたのか。奇跡の生還を果たした“じいちゃん”が孫と歩き、伝えたかった思いがありました。

お知らせ