放送スケジュール

“おうち”診療所
〜がんと闘う子どもたちの願い〜 30分枠

放送 : 5月24日(日)
  24:55〜
ナレーター : 萩原聖人
制作 : 読売テレビ
再放送 : 5月31日(日)11:00〜
    BS日テレ
  5月31日(日)
7:00〜/24:00〜
CS「日テレNEWS24」 

“がんになっても笑顔で育つ”をコンセプトに兵庫県神戸市に誕生した全国初の小児がん治療専門の施設チャイルド・ケモ・ハウス。キッチンやお風呂などを備えた19室の「おうち」が特徴だ。立ち上げたのは小児がん経験者の楠木重範医師(40)。がんの子どものほとんどが二坪ほどの空間で家族と離れ辛く長い闘病生活を送っている。その現状を変えたいと作ったのが「おうち」だ。家族と一緒に過ごすことで、笑顔が戻り、治療にも前向きに臨めるようになる。中でも上田真土加さん(15)は、一時は生死の境を彷徨いながらも中学の卒業式に出席できるほど劇的な回復を遂げた。診療報酬の問題など新しい試みゆえの様々な壁を乗り越え、新しい小児医療の確立を目指す”おうち”の挑戦を描く。

あいつは、ミナだ
差別と闘い 新潟水俣病50年 30分枠

放送 : 5月31日(日)
  24:55〜
ナレーター : 中里雅子
制作 : テレビ新潟
再放送 : 6月7日(日)11:00〜
    BS日テレ
  6月7日(日)
7:00〜/24:00〜
CS「日テレNEWS24」 

四大公害病の一つ「新潟水俣病」。新潟・阿賀野川に工場から有機水銀が垂れ流され川魚が汚染された。それを食べた住民が、手足のしびれなど健康被害を訴えた。公式に確認されてから、5月31日でちょうど50年となる。発生当初は、「タタリ」「伝染病」「遺伝する」という誤解が生まれ、原因がわかった後も、結婚や就職の時に多くの人が差別された。「おい、ミナだ、ミナだ。」これは患者を差別した呼び方だ。また患者として国に認められなかった人は、金目当ての「ニセ患者」と中傷されたため、多くの被害者が症状を抱えながらも名乗り出られなかった。患者と認められるための国の認定基準は厳しく、半世紀がたった今も救済されない住人がいて、「体の痛み」だけでなく「心の苦しみ」を抱え続けている。

放送スケジュール

3・11大震災 シリーズ(62) 「それでも作り続ける…」
〜福島“原発避難区域”のコメ作り〜 [仮] 30分枠

放送 : 6月7日(日)
  24:55〜
制作 : 福島中央テレビ
再放送 : 6月14日(日)11:00〜
    BS日テレ
  6月14日(日)
7:00〜/24:00〜
CS「日テレNEWS24」 

福島県内では原発事故のあと放置されたままの農地が広がる。原発30キロの川内村に移住した大阪出身の福塚裕美子さん(29)。作り手不在となった水田でコメ作りを始めた。去年秋、見事な稲穂が実る。しかし生活資金は底をついた。「私にできることはもうない…」、福塚さんは村を去った。 原発10キロの富岡町の農家・橋本fさん(63)は「先祖代々の土地を次世代へ」と、避難区域内でコメ作りを再開した。しかし国は避難区域のコメを市場から隔離する政策を続ける。根強い風評の中、橋本さんは「いつか孫に自分のコメを食べさせたい」と話す。原発事故から4年…避難によって放置された農地を誰が守り、どう農業を続ければ良いのかを問う。

世界で売る!“泳ぐ宝石”
〜ニシキゴイ生産の1年に密着〜 [仮] 30分枠

放送 : 6月14日(日)
  24:55〜
制作 : 福岡放送
再放送 : 6月21日(日)11:00〜
    BS日テレ
  6月21日(日)
7:00〜/24:00〜
CS「日テレNEWS24」 

「泳ぐ宝石」と評され、一級品は数百万円で取り引きされるニシキゴイ。高度経済成長期の日本では、観賞魚の花形として一斉を風靡した。しかしバブル崩壊とともに、国内市場は縮小。ニシキゴイ業者が活路を見いだした先、それは海外だった。 全国有数のニシキゴイの産地・福岡。尾形学さんは、中学の時にニシキゴイに魅せられ、開業した。毎年数百万匹ものニシキゴイの稚魚から、将来性があるおよそ1%を残す厳しい選別を行い、手塩にかけて一級品のニシキゴイを育て上げる。美しく仕上がったニシキゴイを求めて、世界中から訪れるバイヤーは年々増え、現在では販売先の9割以上が海外になった。ニシキゴイ養殖場の1年を通じて、世界にニシキゴイを広めようと奮闘する姿を描く。

シリーズ戦後70年 70年目のガマフヤー
還りたい…沖縄遺骨の叫び [仮]  30分枠

放送 : 6月21日(日)
  24:55〜
制作 : 日本テレビ
再放送 : 6月28日(日)11:00〜
    BS日テレ
  6月28日(日)
7:00〜/24:00〜
CS「日テレNEWS24」 

沖縄戦の死者は民間人を含め20万人以上、しかし遺骨となって発見されても、自分の墓に帰れる人は少ない。鉄の暴風と呼ばれる猛攻撃のなか、兵士も沖縄の民間人も、身元を示すものを身に着けないまま最期を迎えているからだ。戦後70年、遺骨を掘り起こし、家族の元に帰そうとする「ガマフヤー」(沖縄の方言で「ガマ(壕)を掘る人」)がいる。具志堅隆松さん(61)は33年前からボランティアとして遺骨収集に取り組んできた。しかし厚生労働省が行う遺骨のDNA鑑定で身元が判明したのは日本兵の4遺体だけ。具志堅さんは、政府や県に「希望者は誰でもDNA鑑定できるようにすべきだ」と訴える。遺骨が発する声なき叫びに耳を傾けて欲しい… 戦後70年目のガマフヤーの願いだ。

コメサバイバル
〜新品種で未来をつかめ〜 [仮] 30分枠

放送 : 6月28日(日)
  24:55〜
制作 : テレビ新潟
再放送 : 7月5日(日)11:00〜
    BS日テレ
  7月5日(日)
7:00〜/24:00〜
CS「日テレNEWS24」 

人口減少にコメ離れ…。国内のコメの消費が減る中、産地間競争は激しさを増している。こうした中、各地のコメ産地では新品種を開発して市場に投入し、ブランド力を高めようとしている。コメ王国でコシヒカリの産地・新潟県は、ブランド力で頭一つ抜けているが、近年は北海道や山形県などで新たにコメが開発され人気を獲得している。また青森県などブランド力の弱かった産地も、新品種を市場に投入し生き残りを狙う。そしてついに新潟もコシヒカリに続く大型ブランド米誕生を目指して新品種を開発した。日頃、私たちが口にしているコメは、多くの選抜作業を潜り抜け、生き残ったまさに「コメのエリート」でもある。そのコメのエリート・新品種を手に生き残りを狙う産地の熾烈な競争に迫る。

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