スペシャル

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分)
鎌倉時代、13世紀後半
Fenollosa-Weld Collection

スペシャル

ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密
アートナビゲーター ナカムラクニオ

2019.12.12
第1話
ボストンの三銃士 モース、フェノロサ、ビゲロー
1-3
浮世絵マニアの大富豪ビゲロー

3人目の重要人物は、医師ウィリアム・スタージス・ビゲロー(1850-1926)だ。彼はボストンの裕福な貿易商の家に生まれ、ハーバード大学医学部卒業後、細菌学の研究のためフランスのパスツール研究所に留学していた。そして、パリで美術商を営んでいたユダヤ系ドイツ人ジークフリード・ビングの店に通って、刀剣や浮世絵などの日本美術を集めていた。ちなみにサミュエル・ビングは、日本の美術を欧米に広く紹介し、アール・ヌーヴォーとジャポニスムブーム発展に尽力したことで有名な美術商である。1870年代、パリに日本の浮世絵版画と工芸品を扱う店をオープンし、ゴッホが初めて浮世絵を目にしたのもビングの店といわれている。
ビゲローは1881年に偶然、モースの講演を聞いたことで、さらに日本に興味を深め、彼を別荘に招き、美術について詳しく学ぶようになった。当時からお金持ちだったビゲローは、モースが3度目の来日をする時に同行し、日本にやってきた。少しだけ観光するつもりがすっかり日本を気に入ってしまい、結局7年も滞在することとなった。ビゲローは、和服や日本食を好み、密教に改宗し、修行した。そして、「月心」という法名を得るほどになった。
さらに当時の日本の画家、研究者を援助し、岡倉天心が日本美術院創設する際も大金を寄付した。驚くべきことにビゲローのコレクションの数は、肉筆浮世絵画700点、絵画4000点、浮世絵版画約34000点にも及んだ。この4万点にも及ぶ、ビゲローコレクションの多くは、1911年ボストン美術館へ寄贈された。
フェノロサの興味が絵画中心であるのに対し、ビゲローの好みは幅が広く、金工、漆工、染織、刀剣、甲冑なども含んでいるのが興味深い。
モースは陶磁器、フェノロサは絵画、ビゲローは絵画に加え浮世絵と工芸全般、と役割分担したことも大きな功績となっている。ちなみに、ビゲローの墓は、遺言により滋賀県大津市、三井寺の法明院に作られ、フェノロサと並んで眠っている。

今回の展覧会に出品される素晴らしい能装束は、ビゲローの紹介で、ボストン美術館に入った江戸時代(17世紀末—18世紀初頭)の「厚板 萌黄地牡丹立涌模様」だ。能装束は、文様の特徴を生かすことで、舞台効果をさらに高める重要な装置でもある。日本の伝統的文様をより洗練し、集大成したものだ。
大胆で近代絵画的な絵文様は、もはや「歩くポップアート」。まるで、アンディ・ウォーホルのシルクスクローン作品「Flowers」を身にまとうかのようだ。
この「牡丹立涌模様」は、水や雲などが水蒸気となって立ち涌く様子を表現した「立涌(たてわく)」の中に牡丹を配置したもの。波状になった曲線と牡丹のリズミカルな構成が見事だ。このような文様は、正倉院の宝物としておさめられている古裂にも見られ、平安時代以降、格の高い文様とされた。文様の起源はササン朝ペルシア周辺で、シルクロードを経て来日した文様だと考えられる。リズムのある曲線は、身にまとったときに人の動作をより優美にみせてくれる。そのため、止まっていても揺らいでいるような感覚を表現する能装束など、所作の美が求められる衣装に最適なのだ。
さらに古来より蒸気が立ち昇るさまは吉祥とされ、このような立涌文様も、おめでたい「吉祥文様」と言っていいだろう。各色で華やかに配置された牡丹の花は、「百花の王」とも呼ばれ、気品と風格が漂っている。

こうやってボストン美術館の礎を築いた3人の人生を見ていると、すべてが偶然によって引き寄せられた不思議な縁で成り立っていることがよくわかる。
モースは、自身の日記にこんなことを書き遺している。
「三人(モース、フェノロサ、ビゲロー)のコレクションを集めてボストンを日本美術の府(地区)にしたい」

ボストン美術館の偉大なコレクションを眺める時に、彼らのことを考えると感動が溢れてくる。海を渡ったのは、美術品だけではない。彼らの美を求めた人生までもが海を渡ったのだ。

 

ボストン美術館展を楽しむ7つの秘密、その1。

モース、フェノロサ、ビゲローの偶然の出会いが、
ボストン美術館の日本美術コレクションを充実させた。

 

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ナカムラクニオ/Kunio Nakamura

荻窪「6次元」店主/ライター。
著書は『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『チャートで読み解く美術史入門』『魔法の文章講座』『世界の本屋さんめぐり』など多数。


 

参考文献:

「芸術新潮 1992年1月号特集 ボストン美術館の日本」(新潮社)
『ボストン美術館所蔵 日本絵画名品展』(日本テレビ放送網)
『名品流転―ボストン美術館の「日本」』(NHK出版)

 

 

芸術×力 ボストン美術館展
会場:東京都美術館
会期: 2020年4月16日(木)〜7月5日(日)