燻製とは
魚や肉などの食材を塩漬けし、煙で燻す事によって作られる保存食。
一万年以上前、火を使い始めた石器時代、たまたま肉が煙に燻された事をきっかけに出来たとされる燻製は、エジプトなど古代文明の中で受け継がれ進歩した。現代では、冷蔵庫などの保存技術も発達したので保存というよりは、煙によって加わる独特の香ばしい風味を楽しむことが主となっている。日本でも室町時代から、いぶりがっこや鰹節などの燻製づくりが行われてきたが、燻される物は主に、野菜や海産物。元々、肉食の文化が希薄だった日本では、今回挑戦したハムとベーコンなどが普及したのは戦後だが、他の国ではビーフジャーキーやローストチキンなど燻製肉のレパートリーも豊富。

ハム
元々、ヨーロッパでは豚足を燻してつくられた(Hum=「豚の後ろ足」)。日本では、部位にかかわらず形態的なものをハムと呼ぶ。食感や味を重視してつくられる。

ベーコン
豚・鯨などのばら肉を燻した食品。発祥は紀元前のデンマーク。当時、活躍していた海賊は長い航海の為に塩漬けした豚肉を火であぶった状態で貯蔵していた。しかしある時、豚肉が煙で燻され保存性が上がったことに気が付いた。これが今日のベーコンの原型と言われる。
ベーコンという呼び名は、16世紀末イギリスの著名な政治家であり哲学者でもあったフランシス・ベーコンが船舶用として大量に作らせたことに由来すると言われている。

燻製が保存性を高める原理
@ 煙から発生するフェノール類・カルボニル化合物・有機酸が、肉や魚を腐敗させる菌を減らす。
A 煙が食品の周りに膜を作り、外部の雑菌が付着・侵入するのを防ぐ。
B 塩漬けする事によって、耐塩性のない細菌・雑菌が死滅。
C 塩の脱水効果で肉の腐敗を防ぐ。

2011年1月
明雄さんの知り合いである今野元信さんが猪肉をお裾分けしてくれた。猟友会のメンバーである元信さんに例年より多く害獣駆除の要請があり、猪肉も多く手に入ったそうだ。元信さんのオレンジ色のジャンバーが目を引いたが、これも猟の際に誤射を防ぐ必需品だそうだ。
元信さんが分けてくれた冷凍状態の猪肉は、もも肉とばら肉が共に1.5kgあり、その他の骨付き肉も合わせると5kgととても4人で食べきれる量ではなかった。しかし、村では冷凍状態を保つのが難しく、また解凍されてしまったら傷むのも早い。そこで、人類が火を使い始めた時期から存在するという燻製の技術を使い、猪肉を保存する事にした。本を読んで勉強した結果、猪肉の部位を考慮して、もも肉をハムに、バラ肉をベーコンにする事にした。


下処理
1. 猪肉の血や雑菌を落とすためよく水洗いする。
2. ムラのない乾燥や後の煙の乗りを良くする為に、余分な脂身を切り落とす。
3. 塩水に漬ける時、塩分が染み込みやすいように串で肉を突いておく。

1 塩漬け
下処理を終えた肉を、塩漬けにする。こうする事によって肉が殺菌され、下味も付く。
目標は肉全体の塩分濃度が3〜5%になること。しかし、塩分は表面から染み込むため、中心がこの数値になるには3〜5%以上の塩水を用意しなければならない。表面の塩分濃度は高くなってしまうが、塩漬け後、流水にさらせば外側から塩分が抜けていくので、最終的には均一な塩分濃度になる。村では4Lの水に対して塩が500g(塩分濃度:約11%)。そこに、肉の臭みを取りつつ香りを加える役割としてバジルとパセリを入れた。こうして出来た塩水に2週間、猪肉を漬ける。
そして、骨付きの猪肉で、明雄さんがイノシシ汁を作ってくれた。長時間コトコト煮てくれていたので肉は柔らかく臭みも全くなかったので、いくらでも食べられた。まだ余っていたので、次の日も朝からどんぶり一杯頂いた。

塩水に漬けてから2週間。
塩分が中心部まで染み込んだかどうか不安はあったが、肉を丸一日水飲み場の湧き水にさらし塩抜きを行うことにした。その間、せっかくの猪肉がハクビシンなどに奪われては大変なので、ザビエルに見張り役をお願いしたが、長瀬さんの股の間に顔を隠してしまう始末。温厚で寂しがりやな所があるザビエルだが、ここは頑張ってもらう事にした。
翌日、どれだけ塩が抜けたか確かめる為に味見を行った結果、塩加減は良好。このまま食べたい気持ちを押さえつつ、合計3kgの猪肉を燻す準備に入る。ベーコンはそのままで燻すが、ハムは成形する。ハム用のもも肉は燻した後に煮るので、肉汁が染み出てしまわないように脂身を外側に丸めてサラシ布で包む。さらに凧糸できつく縛り、型くずれを防ぎ、ハム特有の弾力を出す。



2 乾燥
猪肉を燻す前に、肉を乾燥させなければならない。今回、燻製で使用するのは登り窯。陶器や磁器を焼いた3つの部屋の奥に、かつてピザや月餅を焼いたオーブンのパン窯で燻すが、乾燥もこの窯で行う。しかし、食材と火床が近いと焼けてしまうので、レンガを積み上げ網台を高くした。そして、窯の温度を上げるため、まずは炭で温度を上げる。この乾燥温度の目安は、雑菌が繁殖しないように35℃以上で1時間ほど。

3 燻煙
いよいよ猪肉を燻す。燻す時間の目安は3時間。
しかし、ひとえに燻すと言っても、燻製方法は熱燻・温燻・冷燻と3つに分けられる。

熱燻(ねっくん)
80℃〜120℃の室温で20分〜1時間燻す。出来上がりは炙り焼きのようになる。
塩漬け、乾燥ともに短時間なので保存には不向き。スペアリブやローストチキンなどで利用される。

温燻(おんくん)
30℃〜80℃の室温で1〜6時間ほど燻す。ベーコン・ローストハムなど主に燻煙後に加工調理されるものにむく。

燻(れいくん)
15〜30℃の室温で数日〜数週間ほど燻す。一番乾燥されるので、保存性も高い。いぶりがっこ・スモークサーモン・サラミなどにむく。

この中でハムとベーコンをつくるなら温燻。燻煙作業には適正温度を保つ事が重要だが、煙も3時間絶え間なく燻し続けなければならない。その為にある物を事前に作っていた。
それは「スモークウッド」という線香のように燃えながら煙を出し続ける燻煙材。村では、工房作業で出たおがくずを小麦粉の澱粉糊で溶いて、5日間乾燥させた。
スモークウッドを足しつつ60℃〜70℃の室温を保ち3時間。1時間交代の3人体制で管理することに。だが、長瀬さんは煙を絶やさないようにとスモークウッドを足し過ぎたため、煙ではなく炎を立ち上らせてしまった。煙は減り、温度が一気に上がってしまったので、扉を開けて冷まそうとした。中の肉が少しだけ焼けたようになっていた。表面が焼けて固くなると煙が中に入らなくなるので、いい燻製になるかどうか心配になった。
その後、特に問題なく3時間燻した後、いよいよ扉を開けてみると、ベーコンが無事に燻製独特の飴色に変化していた。少し小さくなったが、まさに自分のイメージ通りのベーコンが窯の中にあった。ハムはサラシの中なので、まだ様子を確認出来ないが、ベーコンの手前、期待値は高まる一方だった。




4 加熱殺菌
燻し終えたら、肉の中心温度を63℃前後にキープして、仕上げに加熱殺菌を30分間。
ベーコンは、煙を止め80℃まで上げた窯の中で30分ほど置き、ハムは70℃のお湯で湯煎する。

5 冷却
肉を引き締めると共に味を馴染ませる為に冷却する。ベーコンは縁側に吊るして寒風に晒し、ハムは水で。そして忘れてはいけないハクビシン対策。ハムはシロにお任せし、ベーコンはネットで守る。
シロの見張りのおかげでハクビシンなどに持ち去られる事なく無事に冷却完了。いくつもの工程を経て、苦労したハムとベーコンがようやく完成した!

燻製料理(ハム・ベーコン)
ベーコンは冬野菜のブロッコリーとカリフラワーと共に炒め、さらにシンプルに七輪焼きも。
外はカリカリ、中はジューシーなベーコンに仕上がった。味も想像以上に香ばしく、煙の風味も感じられておいしかった。ただ、少々噛み切るのには苦労した・・・。
ハムはスライスして、そのまま頂いた。縛り方が緩かったのか、少し形が崩れてしまったけれど、しっとりとした食感はまさにハムだった。味はチャーシューとハムの中間のようでおいしかった。
僕の中では、ハムやベーコンはお店で購入するか、親がお中元でもらう物だったので、まさか手作り出来るとは思っていなかったので、窯を開けた時は興奮した。時間も手間もかかったけれど、仕上がったハムとベーコンを食べたらそんな苦労もすっ飛んだ。これで、つくり方は覚えたので、また猪肉をお裾分けして頂いたらまたチャレンジしたいと思った。





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