魚醤とは
原料の魚介類に塩を加え殺菌し、酵素などによって発酵させてつくった調味料。塩辛なども魚醤に分類される。麹と塩で発酵・殺菌して、最後に液状にしたものが魚醤油と呼ばれるようになる。魚醤油は、動物性タンパク質系のアミノ酸を多量に含む為、濃厚な旨味とダシが加わったような味になる。
醤(ひしお)の歴史は古く、一説によると縄文時代、もしくは弥生時代には存在していたとされるが、その中で魚醤は、大豆醤油の祖である穀醤よりも歴史が古いと言われ、藤原京(694年~710年)の遺跡から、鮒醢(ふなのししびしお)と書かれた木簡が出土している他、平城京跡から鯛醢(たいのししびしお)と書かれた木簡なども見つかっている。一方、魚醤油が文献に初めて明記されたのは、平安時代に書かれた『延喜式(えんぎしき)』と、古くから使用されていたのが分かる。しかしその後、大豆の生産が比較的安価で安定した事、輸送や保存が容易である事などから室町時代~江戸時代にかけて『穀醤』が主流になっていった。現在は、タイのナンプラー・マレーシアのブドゥなど、主に東南アジア諸国で使われている。

醤の分類
穀醤(こくびしお)…米、麦、豆など穀物を発酵させて作った醤。大豆醤油、味噌の原型。
草醤(くさびしお)…野菜や果物を発酵させて作った醤。漬け物の原型。
魚醤(うおびしお)…魚、エビなどの魚介類を発酵させて作った醤。塩辛の原型。
肉醤(ししびしお)…鶏や獣の肉を発酵させて作った醤。鮨(いずし、なれずし)の原型。
※仏教の影響で食肉禁止令が出された事や動物性の醤には独特の生臭さがある事から、魚醤・肉醤は次第に数が減っていった。

日本における魚醤油
・秋田県…しょっつる [原料:ハタハタ、イワシなど]
・石川県…いしる(いしり)[原料:イカの内蔵、イワシなど]
・香川県…いかなご醤油 [原料:いかなご]
・北海道…鮭醤油 [原料:鮭]


2010年11月
昨年、明雄さんと一緒に鮭漁に行き、頂いた鮭を新男米とともに食した。その時、頭も身もおいしく頂いたのだが、内臓だけは調理できず余してしまった。どうにか活用出来ないか、考えた結果、魚醤を作れないかということになり、僕が代表して勉強をすることになった。

鮭醤油工場訪問
北海道石狩市に鮭の内臓で魚醤油をつくる工場があるという事で、訪問させて頂く事になった。今回訪問させて頂いたのは、佐藤水産の魚醤工場。佐藤水産は、天然の鮭のみを扱い、余す事なく加工調理して販売している会社。以前は、鮭の内臓だけやむなく処理していたらしいが、内臓も活用すべく開発を始めた。その担当に任されたのが今回作り方を伝授してくれた魚醤工場・工場長の渡邊寿一さん。東京農業大学の教授とともに研究開発すること8年、ようやく鮭醤油を完成させ、販売にこぎ着けたそうだ。渡邊さんは、そんな鮭醤油の作り方を一から分かりやすく教えてくれた。僕は聞き逃さないよう「鮭醤油ノート」に事細かに書き記した。


村でも鮭醤油を作るべく、昨年鮭漁を行った漁港で内臓を確保してもらい譲って頂いた。その数、白子も含めた約20匹分の鮭の内臓。

鮭醤油づくりの工程は以下の通り
仕込み→発酵①→発酵②→絞り→熟成→低温熟成→完成

① 仕込み
譲って頂いた内臓を細かく切り刻み、さらに数十分かけてすり潰す。
すると、鮭の持つ消化酵素の働きが促進され、発酵が早く進むのだ。内臓をすり潰し終えたところで、渡邊さんから譲っていただいた麹と塩を内臓量に対して15%ずつ加える。
加えた麹は内臓のタンパク質やデンプンを分解し旨みに変える重要な働きをして、塩にはもろみ全体を殺菌する効果がある。均一に塩が混ざり合わないと、そこから腐敗する場合もあるのでよく撹拌する。塩が全体に行き届いたのか、もろみにものすごい弾力と粘りが出て、見た目もすっかり別物になった。しかし、臭いはまだ生臭さが残り、「塩辛」のようだった。


② 発酵①【半日】
次に、40℃~45℃と熱めのお風呂くらいの温度になるようにもろみ全体を管理する。この温度を半日保つと鮭自身が持つ消化酵素と麹が持つアミラーゼ・プロテアーゼなどの酵素が鮭の内臓のタンパク質などを分解し、旨み成分に変える。温度が高過ぎても、低過ぎても酵素の活動が鈍くなってしまうので、半日つきっきりで管理し続けなければならない。長瀬さん・達也さん・僕と3人交代で管理した。
もろみを火に直接かけては焦げ付いてしまうので、囲炉裏で湯煎しながらもろみ全体の温度を上げる。これでちょうどいい温度を保てるのだが、ちょっとでも目を離すとお湯が沸騰して、45℃以上になってしまう。撹拌しつつ、温度が上がり過ぎてしまったら冷ます。
僕が担当したのは、3番目で明け方頃だった。そのせいか、眠気に何度も襲われたけど、このもろみはみんなが守り続けた物で、駅伝のたすきのような物。僕がそれを駄目にする訳にはいかないので、何度も眠い目を擦りながら管理していると、いつの間にか太陽が完全に上がっていた。その頃には、あんなに固まっていたもろみがサラサラな液状になり、赤かった色も茶色っぽく変化した。


③ 発酵②【発酵期間:1ヶ月】
次に、麹と一緒に渡邊さんから譲って頂いた乳酸菌と酵母菌を少量加え、もろみの温度を一ヶ月の間、20~25℃に保ち管理する。そこで、考えたのは南国ハウスで管理をするという事。南国ハウスの設定温度は20~25℃とピッタリだ。温かいパイプの上で管理すれば、もろみの温度を22℃くらいに保てる。さらに、暗い場所で菌が活発に働くため、専用の箱をつくりその中で管理した。

一日三回の撹拌を日課としながら管理する。しかし、10日目。工場のもろみは発酵の証である泡や臭み成分を含んだ灰汁が湧き出ていたのに、村のもろみにはいっこうにその気配がなかった。そこで、もろみの温度を25℃にまで上げて様子を見ることにした。しかし、2週間目を過ぎた日、様子を見ていたもろみにある異常事態が発生した。
その変化は着実に起きていたようだが、気づくのが遅かった。もろみの水分が減り、味噌のような状態になってしまっていた。急いで渡邊さんに連絡して、アドバイスを頂く事にした。村で作る鮭醤油は工場のような大樽ではなく、小さな鍋で作っていたので乾燥しやすいそうだ。菌が死んでしまった訳ではないが、このままの状態では発酵出来なくなるので、殺菌した水を加えて元のサラサラな状態に戻す。みんなで守り続けた鮭醤油、菌が再び活動して発酵をし始めてくれる事を祈る。

数日間は気を揉むことになったが、ようやく動き始め、一安心する事が出来た。発酵の証である泡が表面に現れ、さらに白っぽいアクも表面に出始めた。アクは魚の生臭さの原因になる成分や魚の油分を菌が分解したため発生した。アクをこまめに取り除く事によって生臭さが減る。

④ 絞り
危機を乗り越えつつ、発酵始めから1ヶ月が経ち、もろみはさらにまろやかになった。発酵の証である泡や灰汁はもう出てこなくなったので、いよいよ絞る。
絞り方は、以前、大豆醤油を絞った時と同じ方法。目の細かい袋に入れて、自然に絞られ雫となった鮭醤油が垂れてくるのを待つ。少しすると重力によってもろみが自然と絞られて、雫が垂れ始めた。もろみは土色をしているが、垂れて来た雫は黄金色で透き通っていた。これが最後まで絞り終わるにはまだまだ時間がかかりそうなので、数日置いて絞り終わるのを待つ事にした。


⑤ 熟成【熟成期間:1ヶ月】
絞り始めて4日ほど経ち、雫が垂れる事もなくなった。
鍋に溜まった鮭醤油は大豆醤油よりも色は薄いが、味はほろ甘く、ダシが混ざっているように芳醇。まさに、あの鮭の内臓が正真正銘の醤油になっていた。ただ、まだ塩辛さが残っていた。
大豆醤油は絞った時点で完成になるが、鮭醤油はまだ終わりではない。ここからは出来た鮭醤油をさらに美味しくする為、2段階で熟成させる。完成までもう3ヶ月はかかる。
まずはカビが発生しにくいように外気温が15℃の場所で1ヶ月間熟成させ、塩辛さを取る。
そこでまず探さなければいけないのが外気温15℃の場所。南国ハウスでは少し高過ぎるし、南国ハウス以外で探すとなると、真冬の村ではそこまで温かい場所はない。そこで、考えた末に見つけ出したのは、南国ハウスの一重と二重の間。気温を計ると16℃とちょうど良い温度だったので、ここで1ヶ月間、熟成させる。


⑥ 低温熟成【熟成期間:2ヶ月】
1ヶ月経ち、15℃で熟成させる期間が終わった。ここで味見してみると、熟成前より塩かどが取れてまろやかになっていた。そして、いよいよ最終段階、低温熟成させる。外気温5℃の場所で2ヶ月間熟成させる。そうすると、発酵段階で発生した多くのアミノ酸が結合し合うので、甘みが増し、コクが出て舌にいつまでも風味が残るようになる。
室温が5℃に保てる場所を探した所、室がちょうど6℃くらい。外が極寒の世界でも、気温は特に変動することもなかったので、室に決定した。
これが最終工程。これが終わるといよいよ完成する。


2011年1月 鮭醤油差しづくり
鮭醤油完成を前に作っておきたい物があった。
鮭醤油を入れる醤油差し。すでに大豆醤油の醤油差しはあるが、しっかりと区別しないと分からなくなってしまうので、専用の鮭醤油差しを作る。同じ時期にタイルもつくっていたので、ちょっとスペースをもらい一緒に焼かせてもらうことにした。
醤油差しを成形し、分かりやすく真ん中に大きく「鮭」の文字を書き記す。鮭醤油用の醤油差しと一目瞭然だ。タイルと共に焼き上がった鮭醤油差しは割れる事なく無事に焼き上がった。

鮭醤油も低温熟成を始めてから2ヶ月が経った。
室を確認してみると、熟成されて少し色が濃くなったようだった。
室から運び出し焼き上がった鮭醤油差しに移す。これで、4ヶ月にも及ぶ鮭醤油づくりが終わった。

鮭醤油の風味が楽しめるようにと、焼きおにぎりと凍み白菜鍋とシンプルな料理をチョイスした。
大豆醤油と比べると甘くダシ醤油のような味わいがしっかりと出ていた。魚から出来ているのに、生臭さは全くなく、魚のダシの風味はしっかりと口に広がった。大豆醤油の美味しさと鮭醤油の美味しさは違うので、料理によって合う物を選んで使っていきたいと思う。



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