ハーフマラソンの学生日本一を決める日本学生ハーフマラソン選手権が3月10日に開催されました。レースの舞台は、箱根駅伝予選会と同じ東京・立川市。陸上自衛隊立川駐屯地滑走路をスタートし、国営昭和記念公園とその外周道路をランナーたちは駆け抜けました。
レース前半は、入りの5kmが14分50秒、10kmが29分50秒とスローペースで進みました。12kmを前に国営昭和記念公園に舞台を移すとレースが動き出します。早稲田大学の1年生、工藤慎作選手が下りを利用し仕掛け、先頭集団がばらけ始めました。
さらにレースが動いたのが約14km。ここで仕掛けたのが國學院大學の2年生、青木瑠郁選手でした。
「前半は余裕を持って、勝負所を見極めて勝ち切れればいいかなと思っていました。自分と周りの余裕度を見て、周りの選手は余裕がなさそうだったので、行っちゃいました」
青木選手が先頭に躍り出たこともあり、前半のスローペースから一転、10〜15kmのラップは14分19秒と一気に上がりました。この仕掛けに他の選手は対応できませんでした。
一方、先頭に立った青木選手は「追いつかれても、振り払えるぐらいの余裕度を残していた」というように、独走態勢に入っても冷静にレースを進めていました。そして、20kmで「(後ろから)もう来ないのが分かった」と優勝を確信するとラストスパートし、歓喜の雄叫びを上げながら優勝のフィニッシュテープを切りました。タイムは、起伏のある難コースながら、1時間2分06秒の好記録でした。
指導する前田康弘監督は「調子が良かったので、転倒などがなければ優勝争いに絡むと思っていました。勝つべくして勝った」と、快走した青木選手を称えていました。
今年の箱根駅伝で3区4位と好走した青木選手は、この大会に照準を絞っていました。箱根後には右足の足底を痛めた時期もありましたが、ケガを長引かせることなく、1月後半から走り込んできました。
仲間の活躍も大きな刺激になっていました。2月11日の宮古島大学駅伝では全5区間で区間賞を獲得し、チームは完全優勝。2月25日には1年生の野中恒亨選手が犬山ハーフマラソンで優勝。そして、同日の大阪マラソンでは新キャプテンの平林清澄選手(3年)が、日本歴代7位となる2時間6分18秒をマークし、初マラソン日本最高記録と学生新記録を打ち立てて優勝を飾っています。
「(仲間に)刺激をもらって、今度は自分がやるんだという気持ちを持って勝負しました。その中で勝ち切れたことで、チームに良い流れをもたらすことができたと思っています」と、青木選手は喜びを口にしていました。
その一方で「國學院には山本歩夢さんと平林さんがいる。この2人が出ていれば、自分より前だったと思っています」と冷静に優勝という結果を受け止めていました。
「國學院が来年、箱根駅伝で優勝するためには、1年間かけて躍動しなければいけない」
チームが掲げる箱根駅伝総合優勝という目標を果たすために、青木選手はさらなる飛躍を誓っています。
2位争いは終盤までもつれる大混戦となりました。2位集団が4人に絞られると、ラストスパートで中央学院大学の近田陽路選手(2年)が抜け出し、2位でフィニッシュしました。
近田選手は、今年の箱根駅伝は復路の要・9区を任されながらも、区間最下位に終わり、6つ順位を落としています。箱根では辛酸を舐めましたが、2月の丸亀国際ハーフマラソンでは1時間2分08秒の自己新記録でチームトップとなっています。好調をキープして臨んだ今大会、前回大会の吉田礼志選手(3年)に続き、中央学院大の選手として2年連続で準優勝という好成績を収めました。
3位には今年の箱根駅伝の5区で“山の名探偵”の異名をとった早稲田大学の工藤慎作選手が入りました。
「着順もタイムも目標は設けていなくて、今回は最後の5kmをビルドアップして上げていくことを意識していました。思ったよりうまくいった気がします。
箱根の山で注目してもらいましたが、山だけじゃない。こういうレースで力がちゃんと付いているのを確認できました」
とレースを振り返り、新シーズンに向けて弾みを付けました。