■ 高台寺(こうだいじ)   8月3日放送

東山霊山の麓、八坂法観寺の東北に位置する高台寺。豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉の正室である北政所(ねね)が慶長11年(1606)に開創したお寺です。
徳川家康の援助も受け、創建当時は壮麗を極めたとされています。18世紀の後半に度重なる火災にあい、幾つかの伽藍を失いましたが、霊屋や伏見城から移築された茶室の傘亭・時雨亭など、当時の面影を留めているものも数多く残されています。ねねは秀吉の死から26年後の寛永(1624)に76歳でその生涯を閉じました。




蝉しぐれの中、東山の坂を上ると豊臣秀吉の妻・ねねが亡き夫の冥福を祈って建てた高台寺が見えてきます。


足軽から身を興し、天下人となった夫への愛。
ねねの思いが400年の時を越え、静かに漂います。


屋根が龍の鱗のようにうねり続く臥龍廊(がりゅうろう)。
その先にある、創建当時の面影を残す霊屋(おたまや)では共に苦労を分け合い、戦乱の世を生き抜いた2人の木像が仲睦まじく並んでいます。


この夏茶室で催されているのが、陣中席。
秀吉が戦場で武将たちの士気を高めるために開いた茶会を再現し、訪れる人々に振る舞います。

秀吉の命日である8月18日まで、夜の境内が特別に公開されます。

見事な石組みを配し、闇に浮かび上がる庭園。
そして、壮麗にそびえる竹林がはるか桃山時代へと誘い、あたかも夏の夜の夢を見ているようです。


秀吉を偲びながら、高台寺の夜は更けていきます。


元は百姓の生まれであった秀吉と、織田信長に従えていた父を持つねね。
当時としては珍しく恋愛結婚であったと伝えられている2人は、周囲の反対が相当あったようです。そのためもあってか、結婚式も今はやりの「ジミ婚」で、ささやかに営まれました。
 ねねは士分の家の出身でしたが、庶民性を多分に持ち合わせていた女性であったようです。2人は互いの出身地である尾張(今の愛知県)弁丸出しで話し合い、ねねが従一位という女性としての最高位を得た後も御所言葉とは無縁であったというのは、いかにも秀吉とねねらしい逸話です。
 そんな2人が霊屋の中で木像として並んでいるのは、2人の仲の良さを象徴しているかのようです。
 夜のライトアップはそのすばらしい景観もさることながら、涼しい空気が境内全体を包みます。昼間のうだるような暑さや人間にまとわりつく虫たちを忘れさせてくれます。京都駅からも近いですし、また夏の夜のライトアップ自体が他のお寺ではほとんど実施していませんので、夕涼みには是非オススメです。花火大会とはまた違った魅力があると思います。


「 ENCHANTMENT 」
作曲/演奏:STANLEY