■ 勧修寺(かじゅうじ)   8月10日放送

昌泰3年(900)、醍醐天皇が生みの母藤原胤子の菩提を弔うために宮地弥益(胤子の祖父)の邸宅跡を寺としたのが起源。豊臣秀吉が伏見城築城の際に寺領の大半を没収されたが、徳川四代将軍家綱・五代将軍綱吉の帰依を得て再興が進んだ。
境内は約2万4000平方メートルを誇り、庭園の中央に広がる氷室池は平安期の面影を残します。春の桜に始まり、杜若、花菖蒲、夏には睡蓮、蓮と次々に花を咲かせ、秋にはもみじが紅葉します。




都の南東・山科の勧修寺は、平安初期に繁栄を極めた醍醐天皇ゆかりのお寺。生みの母である藤原胤子(ふじわらのいんし)の菩提を弔うために建てられたのが始まりとされています。


本堂に祀られている千手観音像は、醍醐天皇が亡き母のために自らの手で作られたといわれ、その表情には母を思う子の優しさが溢れています。


地を這うように枝を伸ばす、樹齢750年のハイビャクシンの葉に抱かれるのは、水戸光圀が寄進した灯篭です。


平安以来、1000年の時を刻み続けてきた氷室の池。
夏の日ざしを浴びてゆっくりと目覚め、花開くスイレン。

そして夜明け前から見事に開花しそろそろ眠りにつこうとする、八重咲きのハス。2つの花がこの池で出会い、水面を彩ります。

池のほとりに佇むお堂では、ハスとスイレンが咲き乱れる様を祝福するかのように、観音様が優しく微笑みかけます。

平安王朝の優雅な世界へ思いを馳せる、勧修寺の夏です。


 石垣と白壁の長い塀を歩いた先に、勧修寺の門が見えてきます。門をくぐれば境内の伽藍が青空の下に映え、本当に平安時代にタイムトリップしてしまったかのような感覚にとらわれます。
 本堂にある本尊の千手観音は醍醐天皇の等身大ともいわれ、がっちりとした身体とは裏腹にとても優しい表情をしています。近くで見るとその迫力に圧倒されます。一般の参拝者はお堂の入り口のガラス越しからでしか拝めないのがちょっと残念です。
 庭園の氷室池ではハスとスイレンの花が咲き乱れ、外は暑いですが一見の価値があります。スイレンは8月に入るとほとんど見られないかもしれませんが、枯れゆく姿を人に見せずに水中に沈んでゆくという、非常に神秘的な花です。
 ハスはお盆を過ぎても咲き誇り、その根っこは泥土に埋もれているといいます。力強さと可憐さの両方を持ち合わせている花です。午後になると徐々にしぼんでしまうので、庭園は午前中に行くのがベストです。撮影時も朝早くから写真やスケッチの為に訪れている方が何人かいらっしゃいました。


「 忘れないよ 」
作曲/演奏:国府弘子