■ 黄梅院(おうばいいん)   11月2日放送

黄梅院は、織田信長が初めて京に上った永禄5年(1562年)に、父信秀の供養のために京都所司代だった豊臣秀吉に普請を命じて建立した寺です。信長の死後、秀吉が建物に手を加えて豊臣家の寺とし、その後は毛利元就が手厚く寄進を続けるなど、戦国の名武将たちが華々しく登場する名刹として、その名を知られています。普段は非公開ですが、秋の特別公開は11月1〜10日の10日間だけ参拝ができる貴重なチャンスです。重要文化財の本堂・庫裏の堂々たる構造美、雲谷等顔の繊細な筆致の襖絵、そして戦国期の様相を思い浮かべるには格好の名庭「破頭庭」「直中庭」「昨仏庭」など見所が大変多く、しかも普段はひと気がない非公開寺院とあって、昔日の面影を大変よく残しています。




年に一度10日間だけ公開される、
洛北・大徳寺の塔頭、「黄梅院」。
ふだん非公開のこの寺の風情は、創建された戦国時代末期と少しも変わらないといいます。



重要文化財の庫裏は、当時の寺の暮らしを今に伝える貴重なもの。
食事の支度の湯気や活気が目に浮かびます。



織田信長が初めて京の都に上ったとき、豊臣秀吉に命じて立てた黄梅院には、目を見張るような(貴重な)文化財が数多く残されています。
桃山時代の巨匠・雲谷等顔(うんこくとうがん)の襖絵や、砂と二つの石で作られた名庭「破頭庭(はとうてい)」。


信長と深くかかわった堺の大商人。
その中の武野紹鴎(たけのじょうおう)・今井宗久(いまいそうきゅう)の作といわれる「昨夢軒(さくむけん)」は、安土桃山時代の茶室の傑作です。

千利休が作った「直中庭(じきちゅうてい)」は、力強い庭園美を持ちます。
戦の守り神、不動明王をかたどった「不動石」や、加藤清正が朝鮮から持ち帰った灯籠が、寺の歴史を雄弁に物語ります。


多くの武将たちが慈しんだ黄梅院に、今さわやかな秋が訪れています。


「拝観できません」という看板の内側で撮影していると、実にたくさんの人が羨ましそうに覗き込んでいきます。確かに山門内は紅葉こそまだですが、美しい苔や木々が風にそよぎ、入ってみたくなる気持ちはよくわかります。
もうすぐ公開されるから我慢してくださいと思うものの、そうちょいちょい京都にこられる人ばかりではありません。撮影で入れることを本当にありがたく思った瞬間でした。
堂々たる本堂や白砂美しい名庭園、そして小さな茶室にも心惹かれましたが、一番の感動は実は庫裏でした。複雑に入り組んだ梁を持つ高い天井は、寺院建築の空間の美を強く感じさせてくれ、かまどはその昔の寺の生活が今にも甦りそうな気にさせてくれるものでした。もう少しすると足先が冷える季節になるのでしょうが、撮影時は天気もよく磨きこまれた床のひんやりした感触を楽しみながら秋のロケを楽しみました。


「 アイ・リメンバー・クリフォード 」
演奏者:姜建華(ジャン・ジェンホワ)