■ 千本えんま堂 (せんぼんえんまどう)
  4月24日放送


平安時代に建てられた、正式名称を引接寺(いんじょうじ)という古刹である。小さな お堂には、500年前の作と伝わる2.4メートルの巨大な閻魔法王像が、書記役の司 録尊・検事役の司命尊を左右に従え、圧倒的な迫力で参拝者を睨んでいる。古来、風 葬の地であったこの辺りは、死者の葬られた凄惨な光景が広がっていたとされてい る。この寺を人々は冥界の入り口として捉え、閻魔像に死後の幸せを祈った。
この閻魔法王は、死者を裁く恐ろしい存在というよりは、死者の面倒を見る冥界の支配者として祀られており、見開いた琥珀を嵌め込んだ目や大きく開かれた口の迫力は凄まじ いものの、どこか優しげで慈悲を感じるのはその為かもしれない。 境内には、不賢象桜(ふげんぞうざくら)という非常に珍しい桜がある。遅咲きの八重 桜で、丸みを帯びた愛らしい形の花を付け、その色は桃色に近く咲き始めから次第に 濃くなっていく。散り時には、花びらが舞うのではなく椿のように花の房ごと落ち、 木の下は一面の花になって、さながら散華のようである。京都でも非常に珍しい種類 で、昔から「閻魔堂不賢象桜」として庶民はもちろん公家や将軍家などにも愛されて きた。室町幕府の将軍・足利義満はその美しさに心を打たれ、「この桜の盛りに、狂 言を催すべし」と命じたという。それが、今に伝わる「千本閻魔堂狂言」である。桜 の開花に合わせるように、5月1〜4日に境内で演じられる。その時に使用されるお 面は、現在も面師・藤村龍玄氏によって作られており、般若心経が書かれた和紙を丹 念に水に溶いて、様々な表情が出来上がっていく。葬送の地でありながら、桜と狂言 を心から楽しんだ京都の庶民の逞しさと、生と死が当たり前のように隣り合わせ立っ た昔の暮らしぶりが、この小さな寺には生きている。



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平安時代に、死者を葬る土地に建てられた「千本えんま堂」。
あの世への入口で、えんま像は 人々の畏敬の念を一身に集めてきました。 02
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戦や疫病など、生と死が隣り合わせだった時代。
検事と書紀を従えた、その圧倒的な迫力に、死後の幸せを祈る庶民は、恐れよりも信頼を感じたのでしょう。

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人々は生命のはかなさを知るゆえに、えんま像に拠り所を求め、そして、生きる喜びを境内の普賢象桜に託しました。

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京都でも非常に珍しい、丸みを帯びた愛らしい桜。この遅咲きの花を愛した室町の将軍・足利義満は、「この桜の盛りに、狂言を催すべし」と命じました。
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般若心経を丹念に溶かして作る狂言のお面。
今も5月初旬に催される「えんま堂狂言」で、その表情が人々の笑いを誘います。

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あの世の入口で、底抜けに明るい狂言に笑いさざめき、桜に酔う、京都の庶民の暮らし。
現世の憂いを忘れた、春の終わりの数日が、はるかな時を越えて、今年もまた蘇ります。

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とにかく迫力のある閻魔様で、凄まじい眼光には身がすくむ思いでした。今までこの番組では様々な仏像の撮影をしてきましたが、歴史的・美術的な価値など、いわゆるウンチクを知っていて初めて「へ〜〜!!」と言えるものが多く、それらと比べるとこの閻魔様は理屈も何も関係ない、圧倒的な存在感を全身から発散しまくっている…と言う感じでした。そう、とにかく恐ろしい。いや、恐怖を感じると言うのともちょっと違うのですが、何だか真面目な話、この世のものとは思えない凄まじいオーラを感じてしまい、「早く撮影を終えないと罰が当たっちゃいそうだ」と、いい大人が素直に思ってしまいました。こんな姿を小さいころから見て育ち色んな戒めごとに使われたら、下手に悪いことの出来ない大人になるのは間違いありません。美しい仏様のありがたいお顔を見ながら極楽を説かれるより、巨大な閻魔様の前で地獄を説かれるほうが、よっぽど身に沁みるような気がします。
親切でお話の上手な女性のご住職に、様々な由来や逸話をお聞きしながら間近で閻魔様を見るのをぜひお勧めします。その時に、本堂内に見所が二つあります。ひとつは、天井の極楽を描いた絵図。火事で屋根が焼け落ちたあと、画家や写真家が様々なモチーフで天井を飾ったもので、首が疲れますが一旦眺め方のコツが分かるととっても楽しい作品集です。もう一つは、200年前に描かれたと言う地獄絵図。これはカラーコピーで、本物は大切に保存されているそうですが、鮮やかな色で地獄のさまざまな様子が描かれ、見ていて飽きることがありません。小さな本堂の中に、これだけ沢山の地獄極楽が存在しているのは本当に不思議です。大寺院・観光寺院に足を運ぶ合間に、こういう庶民信仰のお寺を訪れるのも楽しいもの。ちなみに千本閻魔堂には、昔から檀家が存在しません。人々はあくまで自分の意思で参拝し、手を合わせ、寄進をし、それで寺が運営されてきました。長い歴史の中で、庶民が誰に強制されることもなく閻魔様に祈りを捧げてきたという事実は、死後の世界こそ時代を超えた人間の最大の関心事である、と言うことを如実にあらわしているように思えてなりません。


「 whispering 」
作曲者:吉村 弘
演奏者:吉村 弘