■ 御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)
  7月30日放送


初めは「御諸(みもろ)神社」と呼ばれていたが、平安時代に境内から「香」の良い水が湧き出したことから「御香宮神社」と名付けられた。
表門は伏見城の遺構で、どっしりと落ち着いた豪壮な構えが貫禄を示している。手の込んだ彫刻が素晴らしい拝殿は徳川頼宣の寄進によるもの。また本殿は、徳川家康の命によって建立されたと伝えられ、豪壮華麗な社殿は桃山時代の特色をあらわしている。



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豊臣秀吉が開いた城下町・伏見に構える御香宮神社。


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かつて鳥羽伏見の戦いの舞台となった境内は、
時を経て、人々が憩いを求めて集う社となりました。

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伏見で出世の糸口をつかんだという造園家・小堀遠州。
境内の一角には、遠州ゆかりの石庭があり、
伏見の歴史をしのぶことができます。

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本殿は徳川家康が造営したものです。
正面には極彩色の彫刻が施され、
華やかな桃山建築の特色をよく現しています。

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境内に湧き出る御香水は、名水百選に選ばれた清らかな水。

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明治二八年創業の「富英堂」では、
その御香水を使ってお菓子を作ります。

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餡を包む皮に、酒粕と御香水を混ぜて練りこみ
ふんわりとやわらかく仕上げる酒まんじゅう。

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お酒のほのかな香りが、伏見の旅の思い出を作ります。

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小堀遠州ゆかりの石庭、なぜ“ゆかり”なのかというと、今から350年ほど前、遠州が伏見奉行に命ぜられた時、奉行所内に作った庭園の石を戦後移して作られたものだからです。
遠州が奉行所内に作った当時の庭園は徳川家光をいたく感心させ、遠州は大名になることができたそうです。明治以降、陸軍工兵隊、米軍キャンプ場と移り変わり、昭和32年市営住宅地になったのを機に御香宮神社に移築されました。神社で石庭を見たのは初めてのことでしたが、さすが歴史の街・伏見です。
神社の名の由来である清泉「御香水」は明治以降涸れていましたが、昭和57年に復活され、日本百名水のひとつに挙げられています。本殿横では、空のペットボトルを抱えた人が水を汲むために、朝早くから行列を作っていました。
一日中いつも込み合っているらしく、富英堂のご主人は夜中に水を汲みに行かれるとか・・・!? そうしていただいてきた御香水と酒粕を皮に練りこんで作る酒まんじゅうは、“伏見名物のお菓子を”と開発されたもの。麹から作る酒まんじゅうは、お酒の風味が強すぎて子どもの口には合わないことが多いらしいのですが、酒粕を使うことによって幅広い人に人気のある商品になったそうです。


「 夏に恋する女たち 」
作曲者:大貫 妙子
演奏者:大貫 妙子