放送内容

第1473回
2019.04.28
曳家 の科学 場所・建物

 建物を解体せずにそのままひいて移動させるという日本の“曳家”。でも、一体どうやって巨大な建物を動かしているのでしょうか?そこで、今回は実際の曳家工事に密着!職人の技術が詰まった曳家工事を、スタートから完成まで追いかけました。さらに!曳家が今、多くの家を救っている!?世界中で貢献しているその技術とは?
 今回の目がテンは日本の伝統技術!「曳家」の科学です!

曳家の現場に密着①~家を持ち上げる~

 そもそも“曳家”とはいつからおこなわれてきたのでしょうか。建造物の歴史について研究する吉田教授に聞いてみると、鎌倉時代の末期に上賀茂神社の曳家がおこなわれたという記録が残っているといいます。曳家の歴史は、なんと600年以上。そんな歴史ある曳家の技術を実際に見るため、訪れたのは滋賀県。

 今回移動させるのは木造建築の一軒家。屋根には瓦を使用しており、家全体の重量はおよそ60トン!こちらの家を移動させる理由は、道の拡張工事による区画整理のため。
 曳家は歴史の古い建造物を保護するために移動させるだけでなく、道路の拡張工事など、土地の区画整理のために行うこともあるんです。
 今回の家も、区画整理によって立ち退く事になりました。そのため、曳家工事をすることに。そこにはある理由が…。実は、この家はご主人が両親へプレゼントしたもの。さらに、その後は息子さん一家が10年間住んでいた思い出の家でもあるんです。そんな愛着のある家、なんとか壊さずに残したいと曳家でそのまま移動することになりました。
 今回は、距離にして30メートル移動する大工事。新たに作られた基礎の上まで一体どうやって移動させるのでしょうか?

 まずは家を持ち上げる必要があります。一度家を持ち上げたら、浮いた隙間にコロと呼ばれる円柱を入れます。そしてコロの上を転がしながら家を移動させるのが曳家の方法。

 そのためにおこなう最初の作業は、床板を取り外し、基礎コンクリートを壊します。これは、家を持ち上げられるように、基礎と家をつなぐボルトを外すため。さらに、必要最小限の壁を取り外すのですが、これにも理由が。
 ここで登場したのは巨大な木材!これが、家を持ち上げるために最も必要なものなんです。
 今回は、土台となる木材を2本入れ、その上に木を積み上げ骨組みを作ります。こうして、土台の木を持ち上げることで家全体を上げるという作戦。

 早速、家を上げる土台となる木材を設置していきます。より安定した土台にするため、鋼材とよばれる鉄骨も使い二重にして、反対側にも同じものを。土台になる木は高さを水平にしないと家が傾いて崩れる原因にもなります。こうして1時間かけ二本を無事配置したら、土台の木と直角方向に木材を投入!ここに大事なポイントがそれは、井桁組みという木の組み方。

 井桁組みの効果について、機械工学の専門家野口教授に聞いてみると、木を同じ方向に積み上げるだけだと不安定な土台も、縦と横に組むことで木の接触箇所が増え、土台として安定するといいます。確かによーく見てみると、いたるところに井桁組みが。こうして、次々と木を井桁に組んでいき、家の梁と木を隙間なく埋めます。最後に、ボルトやワイヤーで木を留めたら1日かけて家を持ち上げるための骨組みが完成です。

 曳家工事2日目。いよいよ家を持ち上げていきます!使う機械は“油圧ジャッキ”。

 ジャッキは、小さい力を大きい力に変えられる「パスカルの原理」を利用したもの。細いパイプに圧力を加えると、太いパイプにも圧力が伝わりますが、太いパイプの方が面積が大きいので、伝わる圧力が何倍にも増加するんです。
 今回は、1つ20トン持ち上げるジャッキを土台の木材1本に対して3個、合計6個設置し、それを片方ずつ交互に上げていきます。
 早回しで見てみると、確かに家が上がっています!離れてみると家が左右片方ずつ交互に上がっていくのがわかります。傾きすぎないように手作業で少しずつ慎重にあげていきます。これも、大事な家を万が一壊すことのないようにするため。
 上がり方を見てミリ単位で微調整。こうして家を持ち上げ続けること3時間。1メートル上がったところで、ようやく家を運ぶ準備が完了しました。

曳家の現場に密着②~家を移動~

 ついに移動の日。まずは、家の下6箇所に移動させるためのコロを仕込んでいきます。次はコロが進んでいくための道づくり。水平を確認しながら全て職人さんの手作業でおこないます。こうして、目的地に向かって木のレールが完成したら、いよいよウィンチと呼ばれる機械でひいていきます。ゆっくりすぎて気づかない内に家が動き始めました。1分間に約5センチのペース。こうして工事3日目、3メートルほど家が動きました。
 ここから、5日間かけて30メートル家を移動させました。まず目的地に向け、家を方向転換させ一気に15メートル。目的地の手前まで来たら、今度は新しい基礎に家を乗せる作業。基礎の高さまで家を持ち上げます。そしてついに、目的地の基礎の上に到着!
 でも、これで終わりではありません!最後の作業は、おろす作業。すでにある基礎のボルトにぴったり合わせて家を下げるのが至難の技。慎重に家を下げて行き、ついに、30メートルの移動は無事完了。
 住んでいる人の思いも運ぶことができる、“曳家”の素晴らしい技術を見せてもらいました。

曳家の技術が、あることに役立っている!?

 やってきたのは福島県。一体曳家の技術は何に使われているのか、作業をしているという現場を訪ねました。お会いしたのは、我妻組という曳家専門の職人さん。そんな曳家職人がおこなっている作業とは…?
 2011年に起きた東日本大震災、その影響で液状化による地盤沈下が多発。建物は大きく傾いてしまいました。その傾きを水平に直す沈下修正工事で注目されたものこそ、歴史的建造物など建物を傷つけることなく持ち上げ移動させる曳家の技術だったんです。

 今回の工事が行われるアパート、一見傾きはわからないですが、毎日この家で生活している方は、窓側の方に少し傾いている感じがあるといいます。そこで、床にビー玉を置いて傾きを調査。家の奥へと転がるビー玉一体何センチほど傾いているのか、こちらの「レーザー水平器」を使って見てみます。レーザーの線は水平、一方はタイルの目地とピッタリですが、部屋の奥側に行くと、ずれているのがわかります。

 今回は、アパート全体で正面から右後ろに7センチ下がった傾きを直していきます。

 傾きを直すためには、ジャッキを使って基礎ごと家を持ち上げる必要があります。そのための穴を掘るのが最初の作業。今回掘る穴は全部で26箇所傾きや家の重心など考えた配置になっています。アパート周りの穴掘りは、水道管などを壊さないようにすべて手作業。さらに通気口から家の下に入り、基礎の下にも穴を掘っていきます。これも、家をしっかりと安全に持ち上げるため。1週間以上かけ、全ての穴を掘り終わったら、最終的に家を支えることになる受け台、そしてその中にジャッキを設置。受け台のネジは伸びる構造になっており、ジャッキでここを持ち上げ傾きを直していきます。

 そしてジャッキを上げるのはこちらの巨大な機械。

 26個全てのジャッキと連動しています。ポンプはたった一人で操縦し、色んな調整をしながら上げていきますが、残り6人の職人さんも連携して作業していきます。
 そして、ポンプのスイッチが入ると、少しずつ上がっていきます!ここからはミリ単位の作業に。こうして、上げては確認の繰り返しをひたすら続け、最後は受け台のネジを締めて完了。あとはジャッキを撤去し、この台が家を支えることになります。
 2日かけて傾きの修正は終わりましたが、次は地盤補強の作業。そう、沈下修正工事はこれで終わりではないんです。
 液状化などで地盤が緩んでいる場合、ジャッキで傾きを直してもまた傾いてしまう可能性があるため、二度と傾かないように薬液を注入し軟弱地盤を固めるという仕上げの作業が。
 地盤の中にいれる液体は水にセメント、硬化剤など混ぜた2種類。2種類は混ぜると瞬時に固まる性質があり、特別な構造の機械を使い注入します。土の中で混ざることで、セメントとして固まり、軟弱地盤を強化する仕組みなんです。

 こうして工事が完了。曳家の技術は、現在多くの家を救っているということがわかりました!