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2018年5月27日 - 放送内容』を更新!

放送内容

新宿区高田馬場のビル屋上にあるTOKIOのベース基地。
ここに畑や池を作り、かつての新宿を取り戻し、姿を消してしまった生き物たちを!そのために、欠かせないのが…
太一「生き物にとって川って大事なんだよね」
川上さん「川があるからやって来る生き物が結構いるし、(昔の)新宿では、神田川が生態系の中心だった」
ベース基地のすぐ横を流れる神田川は、江戸きっての清流として知られ、アユやウナギ、それを狙いにやって来ていた絶滅種のニホンカワウソの姿も。
しかし、戦後、神田川の周りに住宅が建ち並び、住民を洪水から守るためコンクート張りに。
その結果、大量の生活排水を浄化できず、生き物が全く棲めない死の川に。
このコンクリートの水路にも一度姿を消した生き物たちを!
まず、最初に蘇って欲しいのは…
川上さん「川の王様と呼ばれる魚」
太一「僕、まだ見た事がない」
川の王様は、江戸時代には、タイやカツオと並ぶ三大高級魚の一つで
「神田川の象徴」とも呼ばれていた巨大魚。
川上さん「(神田川の下流にある)隅田川では結構姿が見られている」
そこで、ベース基地から8.5km神田川河口へ。
やってきたのは、神田川と隅田川が合流するポイントにかかる柳橋。
この辺りは、江戸随一の繁華街として栄え、屋形船や釣り人で大いに賑わった。
しかし、戦後工場が建ち並び隅田川もまた、生き物が全く棲めない死の川に。
川の王様は、隅田川の上流へ逃げ、その後、徐々に水質が改善されると、下流の方へ戻って来て、神田川へまた上るようになったと考えられる。
そこで、神田川を調査!
今回、お世話になるのは、DASH海岸でおなじみの海の専門家・木村さんの
友人で、創業240年の屋形船『三浦屋』を営む、新倉健司さん。
屋形船ではなく、小回りが効くようにゴムボートに乗り込み、早速調査開始!
水深3mほどで、水はまだ濁っているが、護岸には水草がびっしり。
川の王様は、この水草や、そこに隠れる小魚や甲殻類などを食べるという。
さらに、水辺で暮らすカモメの仲間のユリカモメを発見。
平安時代の歌人・在原業平が歌にして呼んだことから、『都鳥(みやこどり)』という別名がついたが、神田川では、昭和40年代に
姿を消してしまった。この鳥が群れでいるという事は…
川上さん「エサを漁りに来てるのかも知れないですね」
太一「神田川はエサが豊富なんだろうね」
電機とアイドルの街でおなじみの秋葉原を超え、毎日2万人が通学する日本最大の学生街・お茶ノ水へ。
かつては、神田川沿いの崖から涌いたキレイな水が流れ込み、江戸っ子達が通いつめる、釣りの名所だった。
川上さん「川の王様にとっても棲みやすい場所だったでしょうね」
城島「どこにいるんやろ、川の王様」
護岸には、生き物が棲みつきやすそうな穴がいくつも。
これは、27年前に東京都がつくった生き物の住み処で、御茶ノ水橋から水道橋の700mの間におよそ2000個以上の穴が空いている。
太一「川の王様、見つけたくなってきた!」
太一、神田川で初めての生き物調査!網で掬うと…
太一「入った~!」
太一の記念すべき最初の生き物は、テナガエビのメス。
川に棲むエビの中でもキレイな水辺を好み、高知県の清流・四万十川では、専門の漁師もいる程。
そんな清流の生き物が東京のど真ん中に。
しかも川の王様は、
川上さん「コイツらもバリバリ食べる」
さらに神田川を上り、やって来たのは東京ドームの近くの水道橋。
太一「水がキレイだね」
川上さん「この辺りは、湧き水がいっぱいあった」
湧き水とは、雨水が地中に染み込み長年掛けろ過されて出てくるキレイな水。
この辺りは、かつては一面に緑が広がり沢山の湧き水の池があり、コンクリートの街に変わっても、未だ湧き水の池が多く残っている。
どこかでその湧き水が滲み出し、神田川に注いでいる可能性が高いという。
神田川調査は初めてだが、動体視力抜群の太一が捕まえたのは、
城島「この大きさだと、ハク?大きくなったらボラやね」
体長2cm程では『ハク』、25cm程までに成長すると『イナ』、30cmを超えると『ボラ』と呼ばれる出世魚。
スピード出世を狙う武士達が愛した魚。
川の王様は、こんな小さな赤ちゃんを吸い込むようにして食べるという。
そして、やって来たのは、飯田橋。
太一「川が二つに分かれてる」
川上さん「右はベース基地の方で、左は皇居の外堀(市ヶ谷方面)ですね」
中央総武線や首都高に加え、目白通りや大久保通り外堀通りが合流する、交通の要所。
かつては、ここで神田川と江戸城の外堀が繋がっていたため、沢山の生き物が集まり、フナやウナギ、テナガエビを始め、川の王様の姿も!
今は、道路で塞がれてしまったが…
太一「橋げたの下は、暗いからいそうじゃない?」
川上さん「川の王様は、物陰が好きですから」
すると、太一が推定60㎝の大きな魚の姿を発見!
その姿を見たのは太一だけだが、その大きさ、黒っぽい体色から察するに、
城島「川の王様っぽいね」
上流に向かえば、出会える可能性が高くなるということで、ベース基地方面へさらに上る。
川上さん「川の王様は、春になると、上流の浅瀬へ遡っていく」
その浅瀬で見つけたのは、クサガメ。
太一「くっさいっすね!」
クサガメの名前の由来は、ワキの臭腺から異臭を放つことからとも。
かつて江戸時代には、仏教の行事の一つで、生き物達を縁日などで買って
自然に戻す事がご利益があると大ブームになった。
神田川沿いにも、「放し亀屋」と呼ばれるカメ専門の売り子がいたほど。
元々、日本にはおらず、江戸時代にやって来たとされているが、すでに生態系にも定着しており、在来種にも安心という事で、放す事に。
城島「水が透き通ってるから、逃げるのがよく見える」
太一「東京ドームの所よりキレイに見える」
川上さん「ここは、江戸の飲み水を取水していた場所なんですよ」
やって来たのは、文京区から豊島区目白台にかけての緑が多く残る住宅街。
かつては、この辺りの浅瀬から水を汲み取って、木で作った水路を通して
江戸の街へと水を供給していた。
川幅が狭まり、水深40cmの川底にはとんがった岩が転々と。
川の王様は、こういう岩場や砂利を目指してやって来るという。
さらに進み、新宿区西早稲田へ。すぐ近くには早稲田大学の校舎が。
その反対側には、大正時代から続く染色工場があり、かつてはキレイな水を利用して染めた反物を神田川で洗う光景も見られた。
城島「ここからは、川底が見えてるね」
川上さん「関東ローム層の下にある、上総層ですね」
川が削ってできた川底で、川岸はコンクリートで固められても、その川底は、数百万年前の太古の昔からそのまま。
歩いて川の王様を探していると、浅瀬に泳ぐ巨大な魚の姿を発見!
しかも、何匹も!どれも推定60cm以上!
城島「川の王様の正体って、黒い鯉ですか?」
太一「完全な野生の鯉ですか?」
観賞用として放たれる改良品種の錦鯉に対し、体が黒々とした鯉は、江戸時代から日本に棲む野生の証。
タイやカツオと並ぶ三大高級魚として愛され、中でも、キレイな神田川に
棲む鯉は、臭みがなく、徳川歴代将軍も愛した「神田川の象徴」。
一度は姿を消した野生の鯉が、再び、神田川の浅瀬に。そのわけは、
川上さん「産卵の時期で、いい浅瀬を見つけて、群れで集まって、川底の岩や
砂利に卵をくっつける」
城島「雨が降らないと産卵が見られないかもしれないですね」
鯉の産卵は、雨上がりの晴れ間で、水温が上がり始める瞬間に行われる。
その様子はシャケと同じで1匹のメスに10匹程のオスが群がって、激しく体をぶつけ合う。しかし、3月23日に大雨が降ったのを最後に、22日間連続で降水量1mm以下の日が続き、待望の大雨が降ったのは、4月15日の事。その翌日、再び、川の王様を目撃したポイントへ。
太一「え!?こんなにいるの!?」
産卵の様子が見られるかと期待して見守っていたが、
城島「寒いのかな?」
この日は気温が低かったため、水温が急激にあがらず産卵には到らなかった。なので…
番組スタッフ「水中カメラマンの中川さんが撮影した神田川の鯉の産卵の映像があるので」
中川さんとは、TOKIOと一緒に海に潜り、これまで数々の貴重な瞬間を
記録してきた、水中撮影のプロ集団カッパ隊隊長。
そんな中川さんは、20年前から毎年神田川の生き物をプライベートで調査。
去年4月の雨上がりの晴れ間に鯉の産卵に出くわした。
その貴重な映像を観てみると、メスが先頭を切って泳いで、砂利や岩に卵を産みつけ、そこのオスが群がり、精子をかける様子がバッチリと。
ここで産卵するという事は、一時的にやって来たのではなく、キレイな水や豊富なエサ、さらには岩場を求め、完全に戻ってきたという事。
ならば、この場所から1km離れたTOKIOのベース基地の真下にも、水草を植え、岩場をつくり、さらには雨水を浄化した池からキレイな水を流せば
川の王様・野生の鯉が産卵にやってくるはず!
そのためには、ベース基地の池づくりの完成を急がねば!

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