ママモコモ子育てブログ
2014.08.22 まなぶ
kyo-ko(コンプライアンス推進室)
とにかくたくさん「体感」させてあげたいなー。
そう思ってこの夏を過ごしてきました。
わが子も5歳。
赤ちゃんの頃は、とにかく熱を出さずに過ごせればOKという価値観でしたが、
5歳ともなれば、もう人としての成長期。
「自分の目で見る」「聞く」「感じる」という経験が
少しでもこの先の成長の礎になればと、
親の勝手な思いをぎゅうぎゅう押しつけたのでした。

1.盛大な打ち上げ花火を見て、迫力を感じる
私「キレイだねー。いろんな色がキラキラしてるねー」
娘「うん。キレイ。あ!赤だ!ハートだ!」 「でも、音がうるさいから、来年はもう来ないね」
私「ええ?うるさい??うるさいことはうるさいけどさー、わかってないなー、花火はこの音がいいのよ。どーんって音がいいの。わかった?ねぇ、わかった?」
(なんのために会場まで来て見てるのよ!この音や風を感じるためでしょ!)
2.手持ち花火で火花が散りだす感覚や、ジュッとバケツの水で火を消す感覚を楽しむ@祖父母の家
娘「花火、2回目~。○○ちゃんの家でやったから2回目~」
私「ああ、そうか。良かったね。・・・あ!花火は振り回したらダメ!」
娘「大丈夫♪」
私「大丈夫じゃないでしょ!あ、ほら!ろうそくの上に手が...、ほら、熱いよ!!」
娘「熱ッ!」
(感じるよりも「注意」が先で、私が翻弄されて終わってしまった。
ま、最低限、火が熱いことは学べただろう!)

3.炎天下の砂浜の熱さや、濡れた砂の重さを感じる@海
娘「見て~、見て~、こーんなにいっぱい」
私「軽い?重い?」
娘「重~い」
(ここは素直に受け取った様子。よしよし)

4.ひまわりの背の高さを実感する@畑
私「ねぇ、見て!ひまわり!背が高いねー。見上げてごらん?」
娘「そうだねー。うちのひまわりもこんなに大きくなるの?」
私「うーん・・・えっと・・・」
(うちのはプランターだし、日当たり悪いし、えっと、だからこそ、この「本来の姿」を見てほしいのよー!)

1つ1つは書くのも恥ずかしいほどたわいない経験ですが、
保育園の先生によると、
"遊びを学びにできるかは親の声掛け次第"ということなので、
同じものを見るのでも、
感じたことを言語化するサポートをしたり、
ちょっとした疑問を投げかけることで、思考に広がりを持たせようと
親は親なりに努力してみたわけです。
さて、いよいよ夏も終盤。
祖父母の家の近くの道端にホオズキを見つけたので、
「ねぇ、見て!ホオズキ!」と娘に水を向けましたが、
娘は別の関心ごとがあったのか、
振り返ることもなく、たったか走って行ってしまいました。
(うちのマンションの周りではホオズキなんて見られないのにー!)

私と、私の娘の夏は、このままバタバタと終わりそうです。
2014.07.24 くらし
kyo-ko(コンプライアンス推進室)
赤ちゃんって汗っかきですよね。
そのままにするとかゆくなるので、
バリバリひっかいてしまい
最悪「とびひ」になってしまったりするので要注意です!
おととし、わが子(当時3歳)は「とびひ」で
なかなかプールに入れず大変な思いをしました。
その教訓を生かし、今年もせっせと娘の汗を拭く毎日がはじまっています。
そこで、主に乳児のための、簡単な汗対策を1つ。
【首の後ろにハンカチを挟む】(モデルが育ちすぎていますが、写真をご参照ください)

これで、ちょっと汗をかいても、
ハンカチだけパッと替えれば、またサッパリ!
この方法は、娘が1歳のときに
夫の母と一緒に沖縄を旅行したときに教えてもらったものです。
うちでは長期休暇のときには、ちょくちょく3世代旅行に出掛けます。
こうした「おばあちゃんの知恵」的なことを教えてもらえるのも
楽しみの一つです。
2014.06.20 まなぶ
kyo-ko(コンプライアンス推進室)
5歳になる娘に最近バイオリンを習わせはじめました。
「ピアノは置けないけれど、バイオリンなら部屋に置けるし!」
と思ってはじめてみたわけですが、
4本の弦と、4本の指で押さえるポイントを組み合わせながらきちんと音を出すことは、
頭が柔らかい幼児でも難しいらしく練習は難航しています。

「楽器は毎日触らせないと!」とはよく聞きますが、
振り返れば、親である私自身は、
幼いころから「毎日コツコツ」というのが苦手で、
試験勉強もいつも一夜漬け。計画性ゼロの人生です。
そんな私が、今、自分の子供に対して、
毎日コツコツ「練習しようよ!」と声をかけているというのが
自分でも皮肉というか因果応報というか・・・。
いやいや、それはさておき、そこは私流。
「毎日とは言わないまでも、まあ、2日に1回はね」と、がんばっています。
「ちょっと人より進みが遅くても、10年続ければきっと良いことがあるはず!」
と考えるのは、せわしない毎日への言い訳でしょうか。
娘が大学生くらいの年ごろになったときに、
自宅でちょっとした夕食会を開いて、
そこで簡単な曲を1曲奏でてくれたらステキだなー、などと、
今は5歳の娘が「ギーギー」と鳴らす音を聞きながら、妄想ばかりがふくらんでいます。
練習時間は、できたとしても、ものの5分。
たまにやる気を出して10分。
・・・どちらかというと、
いかに先生に見捨てられないよう頑張るかがポイントになってきそうです・涙。
2014.05.22 くらし
kyo-ko(コンプライアンス推進室)
どんな子に育って欲しいかと聞かれれば、
「これが好き」「これが欲しい」「これがしたい」と
常に言えて、将来は「○○になりたい!」と言える子。
そう思って、育てています。
自己主張ばかりでも困りますが、
まずは、「私はこう!」という意識が持てる子になって欲しい。
それをどこまで表立って主張するかは
その時点までに持ち合わせた社会性とのバランスです。
では、どう育てれば良いのか。
今も模索の日々ですが、
ひとまず「型どおりのいい子」である必要はないと考え、
たとえば、お遊戯の時間にわが子だけが座り込んでしらんぷりを決め込んでいても、
保育園の玄関から靴を履かずに飛び出して行っても、
人に迷惑をかけたり、危なかったりしない限りは
「あなたが今そうしたいなら、そうしなさい」と
わりと自由にさせてきました。
そうして育てられた娘は、まもなく5歳。
私の放牧育児が功を奏したのか(裏目に出たとも言う)、
わが子、自分の気が向くときにはとことん伸び伸びと過ごす一方、
気が向かないときにはこれでもかと周りを無視し、
ある幼児教室の体験授業に連れて行ったときには、
「きわめて社会性がない」と言われるありさま・・・。
やっぱり多少の「規範意識」は必要か・・・?
最近はそのあたりのバランスも少しは意識しようかと思いつつも、
そもそも人は親の意向通りに育つものでもありません。
あまり深くは考えずに
きょうも、「あなたの好きなようにしなさい」と、温かい目で見守っています。

2014.04.21 くらし
kyo-ko(コンプライアンス推進室)
「料理は無心になれるからストレス解消になる」
以前、そう言われて「本当かいな」と思ったことがあります。
私は料理が得意ではないので、
「次はああして、こうして・・・、えっと何だったっけ?」
と考えながらせざるを得ず、とても無心にはなれませんが、
ある程度料理が得意な人なら、
スーッと集中することができるのでしょう。
しかし先日、ふと、「これか!」と思ったことがありました。
「たこ焼き」を焼いたときのことです。
私にとって「たこ焼き作り」は初めての体験です。
教えてもらいながら、
最初は液状の「たね」を、少し固まってきては、棒状のものでつついて焼き面をずらし、
そのうち形をなしてきたこの丸い粉の塊を、
ひたすらクルクル、クルクル、と、ひっくり返し続けていると・・・、

「あら?」
おしゃべりしながらの作業ではあるものの、
そこはかとなく集中できて、頭と心がスッとする。
「そうか!これが、あのとき聞いたことか」と、
ストンと納得したのでした。
一つの作業を淡々と続けることで得られる「無心感」。
ホットケーキやお好み焼きでは味わえない、この「無心感」。
普段は、夕食時のビール1杯や、会社でのランチでのおしゃべりなどで
ストレスを発散することがほとんどですが、
私の中のあらたな発散手段として、
また、クルクルと焼いてみようかと思っています。
(プレート持ってないんですけどね)
