現地レポート

「青黒的倶楽部世界杯2008〜世界基準への挑戦(4)〜」

文/下薗 昌記

2008.12.17

クラブ史上最大の挑戦をめぐる喜びと葛藤――。マンチェスター・ユナイテッド戦を翌日に控えた会見の冒頭で見せた西野朗監督の表情はいつになく悩ましげだった。

「絶対にやりたいという気持ちは強い」と大会前から言い続けてきた欧州王者に挑むガンバ大阪にとって、今大会は世界の「サッカー地図」に「GAMBA OSAKA」の名を刻む込む絶好の機会。イタリア語で「脚」を意味するガンバだが、まだまだ世界的にはマイナークラブの域を抜け出ないのは事実である。今夏、こんな笑えないエピソードがあった。昨年のナビスコカップ王者として出場した7月末のスルガバンクカップでは南米王者のアルセナル(アルゼンチン)と対戦し、0対1で惜敗したがコンメボル(南米サッカー連盟)の公式サイトで紹介されたガンバ大阪の呼び名があろうことか「シュリンプ(エビ)大阪」だったのだ。スペイン語では「ガンバ=エビ」。チーム名を自らの母国語で解釈したコンメボル関係者の誤解によるミスだが、世界的な知名度があるクラブにはこんな失態は起こりえない。

「世界中からガンバを注目されるいい機会だし、大きな舞台でもっと強烈にガンバのスタイルを打ち出したい」(西野監督)。旗頭に掲げる攻撃サッカーで世界のひのき舞台に打って出たいと願う反面で、指揮官は「ガンバの色とスタイルを出すチーム力が出ればいいなと思うけど、今季の攻めはスケールが小さくて物足りないというジレンマがある」という複雑な胸の内を大会前に打ち明かしていた。

無理はなかった。ACLでは12戦で計27点とガンバ大阪らしい派手な得点力を見せつけながらも、8位に終わったリーグ戦では総得点46で、これは上から8番目の平凡な数字にとどまるものだ。「アタッキングサッカーはスタイルだが、今季に限っては独り歩きしていて、実戦の中ではそう発揮できていない」と西野監督は会見の中で、自らに言い聞かせるように現状を説明したが、昨年までの強烈な攻撃力は今季のガンバ大阪に備わっていない。

選手たちのコメントは正直だ。日ごろは非難がましい言葉を一切口にしないチーム随一の頭脳派ボランチ橋本英郎は今季終盤、幾度となく「FWが決めるところを決めないと」。また、ゲーム主将の山口智もかつては「うちは点が取れるチームなので」という口癖が今季は「形は作れる。後は相手もあることなので」と相手ゴールをこじ開けきれない悩みを語る。

そんなチームとともに指揮官が、ACLの終盤で見出した4-2-3-1は現状のチームでは最も攻守のバランスを保った布陣で、クラブのワールドカップでも主戦システムとなるはずだった。ところが、アデレード戦のわずか20分でその構想は崩れさる。右サイドを担う佐々木勇人が負傷で離脱したばかりか、「チームになくてはならない存在」(西野監督)の二川孝広も負傷退場という悪夢に見舞われたのだ。「ガンバは遠藤よりもむしろあの10番がキーマンだ。彼が遠藤と絡むことで攻めに多彩さが増す」。無口な背番号10の重要性を語るのがACLを含めた3度の対戦で対面したアデレードのブラジル人カッシオである。

「あの二人が離脱して、残念」。指揮官のその心中や察するに余りある。クラブのワールドカップに向けてチームが本格始動した10日以降、表面的には「マンU(マンチェスター・ユナイテッド)禁止令」を出し、アデレード戦に集中する姿勢を崩さなかった西野監督だが、欧州王者を意識したプレッシングを攻守両面で徹底確認するなど、練習のいたるところでマンチェスター・ユナイテッド戦への備えは着実に進んでいたはずだった。

「ガンバにとっては素晴らしい明日になる。(クラブの)歴史的にも公式戦でマンUとやれる」。手負いの状況で迎える準決勝は、クラブ史上最大の挑戦となるのは間違いない。Jリーグ発足当初は当時のJリーグチェアマンに「消えてなくなれ」と罵られるなど、長らく低迷が続いた「負の歴史」を経て、ガンバ大阪は欧州王者に立ち向かう。

「次元の違う相手とそういう空間で立ち向かうことになる」(西野監督)。圧倒的な力量差を認めた上で「対戦しただけでは価値がない」。攻めに本来あるはずの迫力がなく、クラブのワールドカップ仕様に欠かせない戦力を失ったとはいえ試合は決して「待った」を許してくれないのが現実だ。

「逃げる試合はしたくない。ガンバらしいサッカーで勝ちに行きたい」(遠藤保仁)。「勝負する前から負けるとは思わないし、必ず僕らにもチャンスがある」(山口)。ガンバ大阪というクラブは波があるといえばそれまでだが、時に対戦の力量でパフォーマンスが左右される傾向を持つ。格下や下位に取りこぼしが目立つ反面、強豪や上位には本来持つ力を十分に見せるのだ。

ただ、マンチェスター・ユナイテッドには現在、世界最高の呼び声も高いクリスチアーノ・ロナウドを筆頭に世界的スターがズラリ。「限りなくゼロに近いかもしれない勝率」とさえ言いきる西野監督は、どんなゲームプランを立てるのだろうか。「15分しっかり戦いたい」。謙遜でも、委縮でもなく、アジア最優秀監督がマンチェスター・ユナイテッド戦でこだわる数字が「15分」。パススピードを含めて全ての面での速さが違う欧州王者が発する「世界基準」にまず慣れることが不可欠となる。

「色んな状況に対応してきた自分のキャリアに対する自信と、ファーガソンと言っても同じ土俵に立っての勝負だと思いたい自分もどこかにいる」。前日練習時には特別なミーティングや対策を講じることはなかった西野監督が、いかなる方向性をチームに植えつけるのかも要注目だ。

過去3回のクラブのワールドカップで未だ崩れたことがない決勝での南米対欧州の構図。「横浜の奇跡」が実現したとき、ガンバ大阪は世界のサッカー史ににその「脚」跡を刻むことになる。


●下薗 昌記(しもぞの まさき)・・・1971年大阪市生まれ。ブラジル代表とこよなく愛するサンパウロFCの「芸術サッカー」に魅せられ、将来はブラジルサッカーにかかわりたいと、大阪外国語大学外国語学部ポルトガル・ブラジル語学科に進学。全国紙記者を経て、2002年にブラジル・サンパウロ市に居を構え、南米各国でのべ400を超える試合を取材する。2005年8月に一時帰国後は、関西を拠点にガンバ大阪やブラジル人選手、監督を対象にサッカー専門誌や一般紙などで執筆。日本テレビではコパ・リベルタドーレスなど南米サッカーの解説も担当する。