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©Photo RMN - G. Blot / C. Jean

 薄暗く淫靡な空気の漂う室内には、音楽を奏する者、香水を振り掛ける者、菓子を食べる者、まどろむ者、踊りに興ずる者と様々な快楽に身を委ねる裸婦たちで埋め尽くされています。描かれている主題の典拠は18世紀初頭の閨秀として名高い英国大使の夫人マリー・ウォトレー・モンタギューの手紙です。彼女が夫について訪れたアドリアノポリスにおいて見聞し、記述したトルコの公衆浴場の描写に着想を得たものと考えられています。1805年に出版されたこの手紙のフランス語訳を手に入れたアングルは、優雅な婦人たちが、豪華な家具調度で飾られた浴場でお喋りや飲食に興じる様子が生き生きと描写された記述に、創造の意欲を掻き立てられたらしいのです。しかし、絵画化には長い時間を要し、その間に様々な裸婦像が描かれていることから、アングルが集大成としてこの絵を描く意図を持っていたことが想像されます。この作品は先ずヴェストファーレン国王ジェローム・ナポレオンの子ナポレオン・ジェローム・シャルル公の注文で制作されたものですが、その妻クロティルドが見てあまりに驚いたため、結局転売されてしまったといいます。もともとカンヴァスは方形でしたが、画家自身の希望により円形の枠に収められ、その選択が作品をより魅力的なものとしています。隠し窓からそっと覗いたような薄暗い空間は官能的ではありますが、画家の技量は、過度にエロティックになること抑制し、神秘的な澄明さと静けさが支配する永遠の世界へと変容させています。
【解説】 横浜美術館 学芸員 新畑泰秀