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©Photo RMN - H. Lewandowski

 これは水の流れ出る壺を持つ「泉」の擬人像をあらわした作品です。アングルによる、この作品の最初の構想は、彼が留学先のフィレンツェに滞在していた1825年にさかのぼりますが、作品が完成するまでにはとても長い時間を要しました。泉を若い乙女の姿によって象徴するアイデアは、16世紀フォンテーヌ・ブロー派のジャン・グージョンによる《無垢の噴水》の浮彫り彫刻から得たと言われています。一方で画家は以前より伝統的な主題である「水から上がるヴィーナス」を描いていることからも想像される通り、ボッティチェルリやラファエルロらルネサンスの画家たちによる典型的なヴィーナスの表現に少なからず図像的な手本を得ています。壁龕を思わせる背景の前に立つ裸婦の正面性・不動性と、腕を挙げた左側面の垂直が持つ荘厳性は、紅潮した幼さを残す裸婦の顔と豊満な身体の曲線を強調した右側面と対照をなしており、調和の中に妖艶さを併せ持つ作品となっています。この作品は、1856年のアングルが自らのアトリエで開催した個展での公開時に、詩人や画家たちの間で話題となり、この作品に触発された詩や絵画がその後数多く生み出されました。
【解説】 横浜美術館 学芸員 新畑泰秀