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©Photo RMN - G. Blot / C. Jean

 ダヴィッドは、革命前からナポレオンの没落まで、19世紀絵画の発端を形成した新古典主義を代表する画家です。その古代風の英雄主義的倫理、色彩に対する形態や線描の優位を主張する絵画理論は、その後のアカデミスムの基本的な原理となりました。ダヴィッドは、一方でジャコバン党員、国民議会議員を務め、ナポレオン帝政時にはその首席画家となるなど政治面においても多彩な活動を行いました。ここで描かれているのは革命期の政治家ジャン=ポール・マラーです。彼は1789年の革命勃発に賛同し、政治の道を志しました。同年9月からは『人民の友』紙を発刊し、民衆を革命の原動力として賞賛し、山岳派のなかでも早くから独裁を主張し特異な存在となりました。彼は1793年4月、ジロンド派議員の決議で革命裁判所に送られましたが、無罪となり、その後攻勢に転じ、6月2日の民衆蜂起の際、追放されるべきジロンド派議員を指定しました。そして7月13日、自宅で皮膚病治療のための入浴中にジロンド派信奉者の女性シャルロット・コルデーに刺殺されてしまったのです。その翌日の国民公会で、その肖像を描くことを依頼されたダヴィッドは、ただちに制作に取りかかりました。マラーは、血に染まった湯につかり、手紙を手にしたまま息絶えています。生々しい表現ながらも、偉大なる革命家の死は理想化されて描かれています。病身であったはずのマラーの肉体は彫刻を思わせる堂々とした上半身を見せ、胸の傷はキリストの聖痕を想わせます。本作はブリュッセル王立美術館にあるオリジナルの工房によるほぼ忠実な摸作です。
【解説】 横浜美術館 学芸員 新畑泰秀